ヘイトにノーを突きつける根拠 『ヘイトをとめるレッスン』訳者たなともこさん、相沙希子さんインタビュー

文=太田明日香
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『ヘイトをとめるレッスン 』(ころから株式会社)

 2021年6月3日でヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)の施行から5年、あからさまな排外デモは減ったというが、ネット上での差別発言はまだまだ多い。

 ヘイトスピーチというと、日本では在日韓国・朝鮮人や中国人に対する差別発言を思い浮かべるが、大きくは人種、民族、国籍、性、宗教などの属性に基づく、マイノリティの集団や個人に向けられたものを含む。

 現在、韓国でもヘイトスピーチが問題になっており法整備が求められている。韓国社会で特にヘイトを向けられるのは、性的マイノリティ、女性、外国人労働者などで、社会問題化している。

 そんな韓国社会の状況を憂う法学者のホン・ソンス氏により、2018年に出版されたのが『ヘイトをとめるレッスン』だ。販売部数3万8000部を超えるベストセラーとなり、21年下半期に改訂版が出る予定。日本でもその翻訳が今年5月、ころからより出版された。訳者のたなともこさん、相沙希子さんにお話を伺った。

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たなともこ
1978年京都生まれ。大学非常勤講師。立命館大学法学部、同大学院修士課程をへて、ソウル大学法学部博士課程に留学。

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相沙希子
1979年千葉県生まれ。東京女子大学卒、高麗大学大学院修士課程修了。日韓文化交流基金での勤務を経て現在は韓国在住。

――お二人はどうやってこの本についてお知りになったんですか。

たな わたしは韓国の大学院に留学したことがあって、今は大学で非常勤で韓国語を教えています。しばらく研究からは離れていたのですが、ブラックリスト事件という、李明博(イミョンバク)政権と朴槿恵(パククネ)政権のときに起こった、文化人の活動を政府が妨害する事件に興味を持って、韓国の表現の自由について調べたいなと思ったんです。韓国の知人にその話をしたところ「いい本がある」とこの本を教えてもらいました。

 読んでみて、ホンさんのように自分がマジョリティで特権があることを自覚した上で、自分に何ができるのかマイノリティの言葉に耳を傾けてアクション起こせる人がいることに、すごく感動しました。韓国も性的マイノリティへの差別があるのですが、ホンさんは性的マイノリティの友人との対話を通じて自分の考えが変化していって活動に関わっていくんです。そのように自分の経験をふまえながら、研究者としてできることをやっている姿に打たれて、翻訳したいなと思いました。

――相さんはたなさんにこの本を教えてもらったそうですが読んでみていかがでしたか。

 たなさんとは韓国留学時代のルームメイトで、たなさんに誘われてこの本を訳すことになりました。結婚して今は韓国に住んでいますが、それまでは日本で韓国に関わる仕事をしていたものの、あまり韓国社会で起こっている動向を気にしてこなかったんです。この本を読んで韓国社会でさまざまなヘイトが起こっているのがよくわかりました。

 それだけでなく、今までヘイトスピーチと向き合ってこなかったのもあって、この本を訳しながら勉強させてもらいました。それまでは、日本でのヘイトスピーチのことや嫌韓本のことも見たくないから見てみぬふりしよう、考えるのをやめようという感じだったのが、もっとこの問題に関心を持つようになりました。

――たなさんはこの本を訳す中で、どんな思いがありましたか。

たな わたし自身は女性という性別や外国人留学生ということで差別をされてるとか偏見を持たれているということをそれほどダイレクトに感じずに生きてきました。でも、出産して初めて、非常勤講師の自分には育休がないことに気付きました。「どうやってこれから働き続けたらいいんやろう。保育所は育休がある人の方が入れやすいのに、どうやって保育所に入れたらいいんやろう」と、ものすごいしんどかったんです。仕事を辞めても次があるかわからないから辞めることにもすごく恐怖があって。でも、そのときに正規の先生たちが子供を保育所に預けて授業を続けられるようにすごく寄り添ってくれたんです。

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たなともこさん

 自分のことじゃないのに人が自分のために動いてくれるのがものすごくありがたく感じました。と同時に、権力を行使できる人、力を持っている人がマイノリティとか弱者のために力をどう使うかがすごく大きいんだなということを実感しました。そういうことが訳す原動力になりました。

――実際読んでみて、ヘイトを人種差別以外にも広くとらえることで、今までだったら聞き流していたような発言や、こちらの勘違いや意識しすぎかもしれないと流そうとしていた表現も、ヘイトであり差別なんだとはっきり意識できました。韓国では2016年に江南(カンナム)駅で起こった女性殺害事件に対して、加害者の「女性たちがわたしを無視したので犯行に及んだ」という発言があって、女性嫌悪から起こった犯罪ではないかという議論が起こったそうですね。女性差別がヘイトというのは大袈裟じゃないかと思いがちなのですが、女性であることを理由に殺されるような状況があるのだとすれば、それは言い過ぎではないのだとわかりました。

たな 日本の法律ではヘイトスピーチは人種的な属性に対して使われていますが、この本では同性愛嫌悪だったり、韓国では光州事件の功労者に対してネット上で差別発言があったりするので、そういう一見ヘイトじゃないと言われているものもヘイト表現に含まれています。そうやってあえてヘイトの範囲を広くとらえることで、それがどうしてヘイトなのか、いかにヘイトなのか、ヘイトと示すことの意義についても書いてあるんです。

――ネット上でのからかいや揶揄といった一見ヘイトには見えない言葉がいかにヘイト表現につながり、さらにはヘイト犯罪につながるかということが描かれていましたよね。インターネットの影響が大きい点も日本と似ているなと思いました。また、実際にヘイトスピーチを実行に移す人もいてそこに怖さも感じたので、そうやって示す意義も感じました。ほかにも、同性愛嫌悪や女性嫌悪の背景にある韓国事情、ポップカルチャーへの言及も多いので、現代の韓国社会の雰囲気がよくわかりました。

たな 韓国って社会派ドラマが多いし、BTSなんかも社会問題についての発信が多いので、韓国ドラマやKポップが好きな人にはぜひ読んでもらいたいですね。エンタメの奥にどんな社会事情があるかを知ることでより楽しめるんじゃないかと思います。

 それだけじゃなくて、差別的な発言やヘイトを聞いたときにはっきりノーと言えない人にも読んでもらいたいです。「表現の自由」があるからヘイトとか差別的な言葉を規制するのはどうかという意見もありますが、明らかにアイデンティティを否定するような絶対アウトな言葉ってあるじゃないですか。

 わたしも差別的な意図で人をのけ者にしようという発言を聞いたとき、とっさにそれに反応できなかったことがあって。そこでノーを言える根拠がなかったんです。そういうふうに言いたかったのに言えなかった経験をもつ人にとって、この本を読むとノーを言っていい根拠がどこにあるかはっきりすると思います。

――相さんはどんな人に読んでもらいたいですか。

 ヘイト表現が自分ごとじゃない人、そしてヘイト表現はなくなってほしいけど、どう向き合ったらわからないという人に読んでもらいたいですね。わたしもそうですが、ヘイト表現がいかにマイノリティのアイデンティティを破壊するかや、社会から排除するものなのかを知ってインパクトが大きかったんです。だから、女性にも男性にもどんな人にも読んでもらいたいです。若い世代には特に。

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相沙希子さん

 それから、マイノリティの人たちにも大切なことが書いてあると思います。わたしは韓国に来て初めて外国人という弱い立場になって、だれでもいつ弱者になるかわからないと思いました。マイノリティになってみて、社会にヘイト表現を規制する法があることがいかに大事かわかりました。法があれば対応できる勇気を持てるし、ヘイト表現を差別だと捉えられる。だから泣き寝入りしないで済むという支えになるのではないでしょうか。また、身近な人の議論するほどではないけど、偏見や差別心から起こったようなからかいや発言に対して、何か言い返したいときにたしなめる根拠になるんじゃないでしょうか。

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 日本ではヘイトスピーチ以外に障害者やアイヌ民族や部落差別に対して差別を個別に禁止する法律がある。しかし、差別はそれだけではないし、それらが複合的に絡み合う場合もある。それらに対処するためにも、包括的差別禁止法を作ることが求められている。一方で差別的な言動を禁止するような法律は表現の自由の制限につながるという意見もある。果たしてそれは、マイノリティの立場から見た時にもそういえるのだろうか。

 出版元のころから代表である木瀬貴吉氏によると、「意見とヘイト表現の線引きになるのは沈黙効果があるかどうか。「沈黙効果」とはその言葉によって何も言えなくなってしまうような言動で、具体的にはその言葉を文字通りにではなく発せられた意図を察知し、時に沈黙せざるをえないのがマイノリティではないか」。つまり、「表現の自由」をたてにして何を言ってもいいわけではない。

 この本の原題は『ことばがナイフになるとき』だが、使い方を誤れば言葉はナイフのように人を傷つけ、ときにはアイデンティティをズタボロにする。誰でも気軽に言葉を発信できる社会になったからこそ、その言葉にどんな効果があるかを自覚して使わないといけない。

 また、木瀬氏は「一方で、マジョリティというのは多くの問題において何を言われても意見として受け止められる特権性がある。差別する意図がなかったとしても、それが差別の効果を生んでいるのであれば、その意図よりも効果を問われるべき。また、それを指摘できる立場にあるのがマジョリティなのだから、ヘイトをとめることができるはず」と話す。

 ヘイトをとめると言われてもなにをすればいいかわからないが、当事者でなくともなにがヘイト表現にあたるのかを知り、自分の立場と言う場所や言う相手、言った効果を考えてことばを発するような小さなことからでもできることがある。ヘイトをとめるのは過ごしやすい社会の雰囲気を作る一人一人のそういった気付きと実践によって始まるのではないか。

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