ヘイトにノーを突きつける根拠 『ヘイトをとめるレッスン』訳者たなともこさん、相沙希子さんインタビュー

文=太田明日香

社会 2021.06.14 07:00

『ヘイトをとめるレッスン 』(ころから株式会社)

 2021年6月3日でヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)の施行から5年、あからさまな排外デモは減ったというが、ネット上での差別発言はまだまだ多い。

 ヘイトスピーチというと、日本では在日韓国・朝鮮人や中国人に対する差別発言を思い浮かべるが、大きくは人種、民族、国籍、性、宗教などの属性に基づく、マイノリティの集団や個人に向けられたものを含む。

 現在、韓国でもヘイトスピーチが問題になっており法整備が求められている。韓国社会で特にヘイトを向けられるのは、性的マイノリティ、女性、外国人労働者などで、社会問題化している。

 そんな韓国社会の状況を憂う法学者のホン・ソンス氏により、2018年に出版されたのが『ヘイトをとめるレッスン』だ。販売部数3万8000部を超えるベストセラーとなり、21年下半期に改訂版が出る予定。日本でもその翻訳が今年5月、ころからより出版された。訳者のたなともこさん、相沙希子さんにお話を伺った。

たなともこ
1978年京都生まれ。大学非常勤講師。立命館大学法学部、同大学院修士課程をへて、ソウル大学法学部博士課程に留学。

相沙希子
1979年千葉県生まれ。東京女子大学卒、高麗大学大学院修士課程修了。日韓文化交流基金での勤務を経て現在は韓国在住。

――お二人はどうやってこの本についてお知りになったんですか。

たな わたしは韓国の大学院に留学したことがあって、今は大学で非常勤で韓国語を教えています。しばらく研究からは離れていたのですが、ブラックリスト事件という、李明博(イミョンバク)政権と朴槿恵(パククネ)政権のときに起こった、文化人の活動を政府が妨害する事件に興味を持って、韓国の表現の自由について調べたいなと思ったんです。韓国の知人にその話をしたところ「いい本がある」とこの本を教えてもらいました。

 読んでみて、ホンさんのように自分がマジョリティで特権があることを自覚した上で、自分に何ができるのかマイノリティの言葉に耳を傾けてアクション起こせる人がいることに、すごく感動しました。韓国も性的マイノリティへの差別があるのですが、ホンさんは性的マイノリティの友人との対話を通じて自分の考えが変化していって活動に関わっていくんです。そのように自分の経験をふまえながら、研究者としてできることをやっている姿に打たれて、翻訳したいなと思いました。

――相さんはたなさんにこの本を教えてもらったそうですが読んでみていかがでしたか。

 たなさんとは韓国留学時代のルームメイトで、たなさんに誘われてこの本を訳すことになりました。結婚して今は韓国に住んでいますが、それまでは日本で韓国に関わる仕事をしていたものの、あまり韓国社会で起こっている動向を気にしてこなかったんです。この本を読んで韓国社会でさまざまなヘイトが起こっているのがよくわかりました。

 それだけでなく、今までヘイトスピーチと向き合ってこなかったのもあって、この本を訳しながら勉強させてもらいました。それまでは、日本でのヘイトスピーチのことや嫌韓本のことも見たくないから見てみぬふりしよう、考えるのをやめようという感じだったのが、もっとこの問題に関心を持つようになりました。

――たなさんはこの本を訳す中で、どんな思いがありましたか。

たな わたし自身は女性という性別や外国人留学生ということで差別をされてるとか偏見を持たれているということをそれほどダイレクトに感じずに生きてきました。でも、出産して初めて、非常勤講師の自分には育休がないことに気付きました。「どうやってこれから働き続けたらいいんやろう。保育所は育休がある人の方が入れやすいのに、どうやって保育所に入れたらいいんやろう」と、ものすごいしんどかったんです。仕事を辞めても次があるかわからないから辞めることにもすごく恐怖があって。でも、そのときに正規の先生たちが子供を保育所に預けて授業を続けられるようにすごく寄り添ってくれたんです。

たなともこさん

 自分のことじゃないのに人が自分のために動いてくれるのがものすごくありがたく感じました。と同時に、権力を行使できる人、力を持っている人がマイノリティとか弱者のために力をどう使うかがすごく大きいんだなということを実感しました。そういうことが訳す原動力になりました。

――実際読んでみて、ヘイトを人種差別以外にも広くとらえることで、今までだったら聞き流していたような発言や、こちらの勘違いや意識しすぎかもしれないと流そうとしていた表現も、ヘイトであり差別なんだとはっきり意識できました。韓国では2016年に江南(カンナム)駅で起こった女性殺害事件に対して、加害者の「女性たちがわたしを無視したので犯行に及んだ」という発言があって、女性嫌悪から起こった犯罪ではないかという議論が起こったそうですね。女性差別がヘイトというのは大袈裟じゃないかと思いがちなのですが、女性であることを理由に殺されるような状況があるのだとすれば、それは言い過ぎではないのだとわかりました。

たな 日本の法律ではヘイトスピーチは人種的な属性に対して使われていますが、この本では同性愛嫌悪だったり、韓国では光州事件の功労者に対してネット上で差別発言があったりするので、そういう一見ヘイトじゃないと言われているものもヘイト表現に含まれています。そうやってあえてヘイトの範囲を広くとらえることで、それがどうしてヘイトなのか、いかにヘイトなのか、ヘイトと示すことの意義についても書いてあるんです。

――ネット上でのからかいや揶揄といった一見ヘイトには見えない言葉がいかにヘイト表現につながり、さらにはヘイト犯罪につながるかということが描かれていましたよね。インターネットの影響が大きい点も日本と似ているなと思いました。また、実際にヘイトスピーチを実行に移す人もいてそこに怖さも感じたので、そうやって示す意義も感じました。ほかにも、同性愛嫌悪や女性嫌悪の背景にある韓国事情、ポップカルチャーへの言及も多いので、現代の韓国社会の雰囲気がよくわかりました。

たな 韓国って社会派ドラマが多いし、BTSなんかも社会問題についての発信が多いので、韓国ドラマやKポップが好きな人にはぜひ読んでもらいたいですね。エンタメの奥にどんな社会事情があるかを知ることでより楽しめるんじゃないかと思います。

 それだけじゃなくて、差別的な発言やヘイトを聞いたときにはっきりノーと言えない人にも読んでもらいたいです。「表現の自由」があるからヘイトとか差別的な言葉を規制するのはどうかという意見もありますが、明らかにアイデンティティを否定するような絶対アウトな言葉ってあるじゃないですか。

 わたしも差別的な意図で人をのけ者にしようという発言を聞いたとき、とっさにそれに反応できなかったことがあって。そこでノーを言える根拠がなかったんです。そういうふうに言いたかったのに言えなかった経験をもつ人にとって、この本を読むとノーを言っていい根拠がどこにあるかはっきりすると思います。

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太田明日香

2021.6.14 07:00

ライター。兵庫県淡路島出身。著書に『愛と家事』(創元社)。撮影:平野愛

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