
Getty Imagesより
育児の苦労が周知されるようになって久しいが、双子や三つ子といった多胎児育児については議論の枠から外されることが少なくない。2人以上の子供の育児が大変であることは明白であり、とりわけ公共交通機関の利用にハードルの高さを感じている親は多いが、マイノリティであるためにあまり注目されていないのが現状である。
徐々にではあるが対策も行われ始めている。6月7日からは、都営バス全路線で2人乗りのベビーカーに子供を乗せたままの乗車が可能になった。しかし、「ごく一部の限られたバス会社にしか広まっていないのが現状で、まだまだ改善すべき点は多い。 また、「乗車できればいい」という問題でもない。子ども連れの客を白い目で見るような、周囲の「理解のなさ」が改まらなければ、快適に利用することはできないだろう。
現在、バスをはじめとした公共交通機関にはどんな課題があるのか。「多胎育児のサポートを考える会」代表の市倉加寿代氏に話を聞いた。

市倉加寿代
1984年、東京生まれ。 2017年、認定NPO法人フローレンスに入職し、代表室所属。2019年秋、個人で設立した「多胎育児のサポートを考える会」の代表として、フローレンスと共に多胎児家庭アンケートを実施。多胎育児への支援拡充を求め、関係省庁・機関への要望書提出などの活動に取り組んでいる。2020年11月、政策コンテスト「マニフェスト大賞」にて最優秀成果賞受賞。
「2人乗りベビーカーを折りたたむルール」だとバスに乗れない理由
──公共交通機関にはどんな問題があるのでしょうか?
これまで双子を持つ親に何人も話を伺ってきましたが、外出した際に何かしらの不自由さを感じたケースは珍しくありません。
例えば、バスに乗ろうとした際、運転手の方に「2人乗りベビーカーでは乗車できません」と乗車を断られ、理由を聞くと「そういうルールなので」と突っぱねられたという話を聞いています。
また、「折りたたむなら乗ることが出来る」と言われるケースもしばしばありますが、首や腰が据わっていない2人(以上)の子供を抱えながら、ベビーカーを畳むことは困難であるだけでなく、非常に危険です。
仮に乗車できても下車後に、今度は双子を抱えた状態で“ベビーカーを広げる”という作業が発生します。「折りたたむなら乗ることが出来る」という文言は実質「乗車拒否」と変わらず、「バスに乗りたくても乗れないため、行きたいところに行けない」という状況は今もなお続いています。
──そうなると、もうバスには乗れませんね。
バスに乗れないというのは非常に重要な問題なんです。
双子以上の多胎児は単胎児よりも平均出生体重が軽い傾向があり、成長のためのフォローアップ検診を多く受診する必要があります。多くの場合そういった検診は出産をした病院に通うことになりますが、そもそも多胎児を出産できる設備の整った病院は限られているため、自宅から遠い病院へ通う場合が多いです。
通院のために、自宅から離れた病院に何度も通うことになる。様々な公共交通機関を利用する必要も多く、双子を持つ親にとってはバスに乗車できるかどうかは死活問題になります。
ですが、先述したように2人乗りベビーカーのバス乗車が困難な状況ですので、「出産した病院を受診しようとしたけど、バス乗車ができないためにわざわざ県をまたいで病院に通っている」という声もあるなど、“折りたたまなければ2人乗りベビーカーはバスに乗れない”という状況は、結果的に、子供の治療機会を奪うことにすらつながる場合があります。
また、こうした経験は親のメンタルにも悪い影響をおよぼします。乗車拒否されてしまうと、自身が“社会から拒絶されている”といった疎外感や孤独感を覚えることも少なくないからです。
外出の準備は子供が1人でも大変なのですが、それが2人以上になると、親は本当にやっとの思いで外に出ます。それだけの覚悟を持って外出したにも関わらず、乗車拒否をされてしまった時の精神的苦痛は計り知れません。
──今回の変化は大きな一歩ですが、まだまだ課題は山積みですよね。
現段階では、あくまで都営バスなど一部のバス会社に限った話なので、全てのバス会社にも広がってほしいです。
そもそも、国土交通省は2020年3月の時点で2人乗りベビーカーのバス乗車について「一定条件のもとで折りたたまずに使用できるよう取り扱うことを基本とすること」と取りまとめています。各バス会社も早急に対応すべきです(リンク)。
また、インフラ面、制度面以外にも改善は必要です。双子を持つ親から「他のお客さんに白い目で見られると心が折れる」という話を頻繁に耳にします。そうしたつらい思いをこれ以上させないためにも「2人乗りベビーカーがバスを利用することが当たり前」という空気感を社会全体でつくることも大切です。
そして、この問題は子育て家庭の問題だけにとどまらないことを覚えておいてほしいです。
2人乗りベビーカーの大きさは車椅子と変わらないものも多いです。ベビーカーを利用しての乗車が容易になるようなシステムがつくられていれば、自分や自分の家族、友人が怪我や病気になって車椅子を利用せざるを得なくなった際にも、安心です。
ですが、依然としてエレベーターが整備されていない電車の駅は少なくなく、2人乗りベビーカーに限らず、1人用ベビーカーや車椅子の利用者が気軽に外出できない状況です。しかし、各駅にエレベーターが整備されれば、養育者だけでなく介護者の負担も軽減されます。
“2人乗りベビーカー”だけに焦点を当てると間違いなくマイノリティです。マジョリティからしたら他人事にしか思えないかもしれません。ただ、マイノリティに配慮した社会は、巡り巡って間違いなくマジョリティにとっても生活しやすい社会になります。なにより、自分自身がマイノリティになる可能性は往々にしてあるため、少し広い視野を持っていただけると嬉しいです。
(取材、構成:望月悠木)