男女二元論・差別的な“就活マナー”に抗議 「ジェンダーアイデンティティを殺さず尊厳を損なわない恰好で」

文=雪代すみれ
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Getty Imagesより

 「男性は髭を剃り、髪は黒髪短髪で」「女性はナチュラルメイクで。ヒールは3~5cmのものを」——就職活動のマナーを紹介する本やサイトで、こういった記述が見られることは珍しくありません。

 近年、LGBTという言葉の認知度は高まっているものの、就活においては、男女二元論や異性愛者であることが前提とされているルールやマナーが散見されます。

 「就活において多様性や一人ひとりの違いを尊重してほしい」という思いから、2020年11月、就活における性差別的なルールやマナーの改善を求める署名活動が始まりました。今回、署名活動を行っている「Smash Shukatsu Sexism」の水野優望さんに話を聞きました。

水野優望
1989年生まれ。幼少期から「女の子らしく」と言われたり、性別を押し付けられることに違和感を抱いていた。大学在学中の新卒一括採用の際、男女二元論・差別的な“就活マナー”に苦しんだ経験から、そうした風潮に対しての抗議活動を開始。また、「#KuToo」 の活動にも参加し、海外メディアからのインタビューの手伝い等をしていた。

シスジェンダーの男性・女性しか想定されていなかった就活マナー

——まず、今回の署名活動を始めた背景についてお伺いします。

水野優望さん(以下、水野):私自身が就職活動をしていたとき、「男女二元論」に当てはめられ、かつ差別的なマナーを要求される就活に苦痛を感じ、新卒での就活を断念してしまったためです。私が就活をしたのは2012~2013年で、まだ世間では「LGBT」という言葉もあまり認知されていない頃でした。

 私のセクシュアリティは、カテゴライズするならば、FtXやノンバイナリー(性自認を男女の枠に限定しない)という言葉が近いのですが、スーツのパンフレットでワンパターンの女性像しか提示されていなかったり、就活マナーの指南では、化粧・ヒール・ピッタリとしたスーツなど、“女性らしい”とされるリクルートスタイルしか提示されていませんでした。自分のセクシュアリティと合わず、差別的である格好をしなければならないことが非常に辛く、就活に前向きになれませんでした。

 一方で、「新卒カード」「新卒一括採用」といった言葉があるように、「新卒での就活に乗らないと取り残されるのではないか」といった焦りもありました。自分が着られそうなスーツを買いに行こうと、お店を見て回ったのですが、いわゆる“女性らしい”ものしか置いてなくて……。妥協してなんとか着られるものを見つけ、レディーススーツではあるものの、ネクタイを締めたり、男性用のビジネスバッグを使うなど、自分の抵抗感を最小限にする形で就活をしようとしました。

 ですが、いざ面接当日になったら「履歴書の性別によって想定される“らしさ”から外れる格好であることを理由に落とされるのでは」と不安になり、結局、会場近くのトイレでネクタイをとって、化粧をしてストッキングを履くなど“女性らしい”格好をして面接に向かったこともありました。

 また、生まれた性に捉われず、色々なジェンダー表現をしていた友人たちが、就活になった途端、男女二元論に染まっていく様子を見ていることも辛くて、友人を突き放してしまったこともありました。

 「今後ずっと男女二元論の世界に放り込まれるのでは」といった不安や、新卒一括採用に乗れないことへの不安から、徐々に体調が悪くなってしまい、就活を断念し、大学卒業後三カ月は引きこもっていました。

 その後、時間が経って体調は回復し、極力女性らしくならない格好で就活をし、中途採用試験で仕事は見つかりました。大学生の頃は「新卒一括採用に乗り遅れたら人生終わる」くらいの圧力を感じていたので、意外とあっさり仕事が見つかって拍子抜けした一方で、過剰に追い詰められるような環境だったことには、悔しさや怒りがありました。

——ご自身の就活から年月が経過していますが、ずっとその思いは残っていたのでしょうか。

水野:そうですね。ずっと心にモヤモヤしたものは残っていて、街で就活スタイルの学生を見て「まだ風潮は変わっていないのだな」と感じたり、用事があって出身大学に行ったときに、生協に置いてあったスーツのパンフレットを見て、型にはまった男女のスタイルしか載っていないことも引っかかっていました。

 そうした思いから、2017年に東京レインボープライドにて、半分メンズ、半分レディースのリクルートスーツを模した格好で「就活の服装に選択肢を」とプラカードを掲げました。見てくれた人は私の主張を理解してくれたのですが、当時はそれ以上何かアクションを起こそうとはしませんでした。

——その後、何か転機があったのでしょうか。

水野:石川優実さんによる#KuTooの活動です。石川さんが主張したのは職場のヒールでしたが、自分の就活のときの辛い経験が重なり、私も就活時の服装・マナー規範への違和感をTwitterで呟き始めました。その後、石川さんから声をかけていただいて、#KuTooの活動に関わることになりました。2019年のことです。

 それまで、「石川さんだから、芸能の活動をしているから、行動を起こせたんだ」と思っていたのですが、一緒に活動に参加してみると、地道な積み重ねがあることを知り、「自分にもできるんじゃないか」という思いになったんです。

 その後、2020年の夏にTwitter上で就活における男女二元論の違和感について、私と同じ考えを呟いている人に声をかけて、2020年11月に署名活動を始めました。

「同じ悩みを抱えていたけれど、言えなかった」署名を始めて届いた声

——署名運動を始めて気付いたことはありますか。

水野:「Smash Shukatsu Sexism」のメンバーには新入社員のマナー講師がいるのですが、「リクルートスーツの規範が旧態依然としている」と問題提起をしています。学校では性別に捉われない制服の選択が可能になりつつありますが、現状、就活を機に男女二元論に戻されている状態です。

 体験談も届いているのですが、企業の人事担当者や、大学のキャリアセンター職員の知識が足りていないという指摘もあります。例えば、自分のアイデンティティに合った服装で面接を受けに行ったところ、あからさまに戸惑った顔をされてしまったり、MtFの学生がキャリアセンターに行ったところ、門前払いをされてしまったといった話も聞きました。

 また、性自認に関するものだけでなく、就活マナー本の中には「女子学生は就活のために彼氏を作るといい」「女性は息子の嫁タイプが理想」といった、異性愛主義や女性蔑視的な記述が見られます。

 本当は自分のスキルや能力を活かして挑戦したい仕事があっても、私を含めそういった規範を理由に諦めてしまっている人もおり、どれだけの若者の将来を奪っているのだろうと憤りを感じます。

——署名提出に関する企業の反応はどうだったのでしょうか。

水野:まず、新卒採用を行っている事業者には、「『就活生に対して自分のジェンダーアイデンティティを殺さない格好で来てください』『差別的な規範に従わなくとも合否に関係ない』といったアナウンスをしてほしい」と問い合わせを送っているのですが、それに関してはほぼ反応がない状態です。「前向きに検討します」といった返信をくれた企業もあったのですが、それ以降、具体的な動きはありません。返信のない企業は、問い合わせメールが担当者で止まっているのか、様子見をしているのかもわからないので、こちらから再度アプローチすべきか検討中です。

 また、「USEN-NEXT GROUP」は新卒採用チームのTwitterアカウントで、UCSは署名の提出先にはなっていないものの、採用担当者の個人見解として賛同を示してくださりました。

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