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言動がネガティブな人はとかく「やる気がない」と思われがちですが、『勉強する気はなぜ起こらないのか』(ちくまプリマー新書)の著者、教育心理学者の外山美樹さん(筑波大学大学院准教授)によれば、人それぞれに適したやる気の高め方があるのだそうです。
楽観的な性格も悲観的な性格もそのままで、やる気を高める方法をお聞きしました。(聞き手・構成/柳瀬徹)

『勉強する気はなぜ起こらないのか』(筑摩書房)

外山美樹(とやまみき)
1973年生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科中退。博士(心理学)。筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授。専門は、教育心理学。著書に『行動を起こし、持続する力――モチベーションの心理学』 (新曜社)、『実力発揮メソッド――パフォーマンスの心理学』(講談社選書メチエ)、共著に『やさしい発達と学習」(有斐閣アルマ)、『ワードマップ ポジティブマインド』 (新曜社)などがある。
やる気には「内」と「外」がある
――『勉強する気はなぜ起こらないのか』では「やる気」という概念を、「行動を引き起こす力」と「行動を持続させる力」に分類されていて、とてもわかりやすい整理だと思いました。
外山 「やる気スイッチ」という言葉が広く使われていることからも、「やる気=行動を引き起こす力」という認識が一般的なのかなと思います。「やる気が出ないよ」という言い方は、やらなければいけないことがあるのに取りかかれない状態のときによく使われますよね。
――勉強や仕事が続けられないときは「やる気が出ない」とはあまり言われず、「飽きた」「集中力が続かない」などと言いますね。
外山 心理学の領域ではやる気、すなわちモチベーションは「引き起こす」と「持続する」の両面で捉えられていて、その仕組みや源泉を研究しています。何かしらの目標を達成するには、どちらかの力が欠けてもなかなかうまくいかないことは、多くの方が実感されることではないでしょうか。
――さらにやる気には、自分の内側から起こる「内からのやる気」と、環境や周囲の人間関係からもたらされる「外からのやる気」の2種類があり、「外からやる気」も4種類に分類されていますね。

図:やる気の分類(『勉強する気はなぜ起こらないのか』より)
外山 「やる気が湧く」という表現もあるように、一般的にはやる気は「自分の内側から起こるもの」と思われがちかも知れませんが、心理学で「内からのやる気」が広く認められたのは1970年代に入ってからで、それまでは「外からの働きかけによって人間は行動を起こす」と考えられていました。代表的な働きかけは報酬と罰、つまりは「アメとムチ」で、さまざまな動物たちが「アメとムチ」の実験台に使われたことは皆さんご存知ではないでしょうか。
――ご褒美があるから頑張れる、やらないとひどい目に遭うからやり抜く、というのはわかりやすい図式ですが、実感として「やりたいからやる」ということもありそうな気はします。
外山 1950年代にウィスコンシン大学が行った動物実験では、報酬も罰も働きかけもないまま、遊びとしてパズルを解いてしまうアカゲザルの存在が報告されています。そこから、人間もまた時には「やりたいからやる」生き物なのだということが定説になるまで、約20年かかりました。
――よく「人から言われてやるようじゃダメだ」などと、自発的・自律的でないことは否定されがちですが、やはり「内からのやる気」がないと何かを成し遂げることは難しいのでしょうか?
外山 そうとも言い切れません。「外からのやる気」よりも「内からのやる気」のほうが強いことは間違いないのですが、「内」だけで最後までやり切れる行動はそれほど多くはありません。複数のやる気を組み合わせるほど、やる気の持続性が高くなる傾向がありますし、「外からのやる気」は自律性を高めることでより強いものになります。先ほどの図でいえば、「叱られるから」よりも「できないと恥ずかしいから」の自律性が高くなっていますね。ここに「夢や目標のため」という動機を加えることができれば、やり遂げる力はさらに強くなることになります。
――「楽しいからやる」は、その行動が好きでなくなったらパッタリと止めてしまいそうです。
外山 そうなんです。「内からのやる気」は強いけど、それだけでは嫌いになったら終わりです。「友だちのため」「将来のため」「生計のため」といったいろいろな理由に支えられた行動が、長続きすることがわかっています。
――プロスポーツ選手が引退する際に、「現役中は楽しいと思ったことは一度もない」といったコメントを残すことがあります。楽しいと一度も思わずにプロになるアスリートがいるとは考えにくいのですが、プロとして長く競技を続けるなかで「内からのやる気」が「外からやる気」に変わった、変えざるを得なかったということなのでしょうか。
外山 「内」が「外」に変わるケースも、その逆もあります。先ほどの分類は決して固定的なものではなく、変わったりなくなったりするということも重要です。同じように「無気力」も変わるものなので、一時期のものとして深刻にならずにやり過ごすこともやる気を高めるコツといえます。
やる気の3大栄養素
――周囲からの働きかけが可能なのは「外からのやる気」だけなのでしょうか?
外山 「内からのやる気」への働きかけも可能です。やる気を持って日々を送るためには、「関係性」「自律性」「有能感」の3つの欲求が満たされている必要があります。関係性は文字通り周囲の人との協力や信頼感で満たされるもので、有能感も周囲からの承認や称賛で高まります。自律性はたとえば「親や先生から言われなくても自分から勉強したい」といった欲求ですが、これも周囲から促すことは可能です。いわばこの3つは「心の機能維持のための3大栄養素」で、周囲の人間がサポートすることで「内からの動機」は強まりますし、「外からのやる気」の自律性も高まります。
――それぞれ、どんな働きかけが必要なのでしょうか?
外山 関係性については、温かさ、親密さを示し、「あなたに関心を持っている」という態度でいることが大事です。少し厳しい指導が必要な関係であっても、根底に相互の信頼があることが前提で、それがないと関係性の欲求が満たされず、やる気を阻害することになります。
――体罰や恫喝は論外ですが、厳しさが関係性を損なっていないかどうかは常に気をつける必要があるということですね。
外山 ただ厳しいだけでは関係性が壊れる恐れがあります。自律性については、誰しも本来備わっている欲求なのですが、「これやっちゃダメ」「言われたことだけをしなさい」といった強制的な働きかけばかりではで満たされませんし、自律性を欲すること自体がなくなっていきます。
――とはいえ子どもの場合は、すべきことを自分で設定するのは難しいですよね。
外山 たしかに「好きにやってごらん」はなかなかうまくいきませんが、いくつか選択肢を用意して、そこから選ばせるだけでも自己決定性が出てくるので、自律性が高まります。
――有能感を満たす、となるとまずは「褒める」ことが頭に浮かびますが、うぬぼれてしまって努力を怠る原因になりそうな気もします。
外山 まず大前提として、日本人は総じて有能感が低い傾向があります。だから多少うぬぼれるくらいでちょうど良いのかも知れません。ただ、根拠のない自信は近い将来に打ち砕かれることになりますので、頑張った結果が成功を生み有能感が得られ、また頑張れるというサイクルになることが望ましいといえます。
――有能感を得るためには小さな成功を積み重ねていくことが大事なのだと思いますが、成功のハードルをどの程度の高さにするかが問題ですね。
外山 その通りです。本では小学生を対象にした輪投げゲームの実験結果を紹介しています。それぞれの距離について、成功確率をどれくらいに感じるかを答えてもらった上で、あとは自由に輪投げをしてもらうのですが、実験者はこっそりとどの距離から最も投げたかを計測します。すると、子どもたちが最も輪投げを試みたのは、成功確率が50%と感じている距離からだったのです。成功確率が低すぎるとやる気は起きないし、難しすぎてもやる気は低下する。一生懸命に努力すれば達成できそうな目標設定をすることが重要だということを、この実験結果は示しています。
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