聴力を突然失ったドラマーが気づいた「音」の世界 「聞こえる」ことの意味

文=近藤真弥
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(C)Courtesy of Amazon Studios

 『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』は、2019年のアメリカ映画。2020年11月にアメリカの一部劇場で公開後、同年12月にAmazon Prime Videoで配信が始まった。監督はダリウス・マーダーが務め、主演には『イル・マナーズ』(2012)や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)などに出演したリズ・アーメッドが迎えられている。

 本作の主人公はルーベン・ストーン(リズ・アーメッド)だ。ルーベンは、ブラックギャモンというメタル・バンドのドラマーとして活躍するミュージシャン。同バンドでヴォーカルを担うルー(オリヴィア・クック)とは恋愛関係にある。RV車で共に暮らしながらアメリカ中をツアーするなど、2人の繋がりはとても深い。

 だが、その日々は突然終わってしまう。何の前触れもなく、ルーベンの聴力がほとんど失われてしまったのだ。それを知ったルーは治療に専念しようと勧めるが、音楽活動を続けたいルーベンは聞く耳を持たない。

 急速に聴力が衰えていくせいで、自暴自棄になってしまうルーベン。その姿を見たルーは知人に相談し、ろう者が集う支援グループを紹介してもらう。どうすることもできないルーベンは、渋々ながらも支援グループが拠点とする地へRV車を走らせる。

 到着すると、ジョー(ポール・レイシー)という男が出迎えてくれた。支援グループの運営者である彼は、兵士としてベトナム戦争に参加した際、間近で爆発音を聞いた影響で聴力を失った。その経験をもとに、ろう者の手助けをしている。

 ジョーの説明を受け、ルーベンは支援を受けると決意する。グループの拠点に住むためルーと離ればなれになったこともあり、最初は乗り気ではなかったが、ろう者たちと触れあうなかで少しずつ光を見いだしていく。

聴力を失ったルーベンの選択

 本作はあらゆる面で素晴らしいパフォーマンスを味わえる。なかでも特筆したいのは、主演のリズ・アーメッドだ。音楽で自己表現してきたルーベンが聴力を失い、狼狽と焦燥によって精神の安定が損なわれていく様を見事に演じきっている。特に目つきの微細な変化でルーベンの情感を表す上手さは、アーメッドが持つ高い表現力を如実に示しており、本作の大きな見どころのひとつと断言できる。

 精神の安定が損なわれながらも、徐々に生き方を見つけていくルーベンの物語も見逃せない。音楽を諦めきれないルーベンは、大事な機材やRV車を売りに出してまで、人工内耳をつけるための手術代を捻出する。そしてジョーに「明日戻る 心配するな」と書いた置き手紙を残し、病院へ向かう。人工内耳取りつけの手術が無事終わると、音入れのため4週間後にまた病院へ来るよう医者に筆談で伝えられる。

 退院後、ルーベンはジョーのもとに戻り、人工内耳をつけたと報告する。その際4週間だけ支援グループの家に住まわせてもらえないかと相談するが、ジョーに拒否される。

 ジョーにとって、聴覚障がいは治すものでもハンデでもない。そういう信念に基づいてグループを運営し、多くのろう者を支えてきた。治したルーベンを一時的にでも住まわせるということは、自らの考えに賛同した者たちに対する裏切りになってしまう。この想いを率直に語ったあと、ジョーはルーベンにすぐ荷物をまとめて他の場所へ移るよう告げる。ジョーと別れたルーベンは、モーテルなどに泊まりながら時が過ぎるのを待つ。

 4週間後、音入れのため病院へ向かう。医師によって音が聞こえる状態にしてもらったが、ルーベンの表情は晴れない。以前のような聞こえ方ではないことに、どうしても違和感を拭えなかったのだ。いくら調整しても、音が高く聞こえるなど思いどおりに音を捉えられない。

 人工内耳がろう者の手助けになる手段なのは確かだ。とはいえ、人工内耳を取りつけた効果には個人差があり、すべてが元通りになる万能の医療行為というわけではない。手術後の経過次第では違う聞こえ方に慣れるための訓練を受ける必要があり、この点は劇中でも明確に描かれている。ルーベンの場合、すべての音がざらついた電子音みたいに聞こえてしまう。これは理想としていた聞こえ方とは程遠く、だからこそ戸惑いを隠せなかった。

 戸惑いはルーとの再会によって決定的となる。ルーの父・リチャード(マチュー・アマルリック)の家で開催されるパーティーに参加したルーベンは、そこでリチャードのピアノ演奏に合わせてルーが歌うステージを見る。周りのパーティー参加者は拍手や歓声を送るなか、ルーベンの表情は諦念と哀しみが入りまじった複雑な情感を滲ませている。ピアノも歌声も、人工内耳の影響でロボット・ヴォイスのように聞こえるからだ。

 この出来事を経て、ルーベンは街を彷徨う。ベンチに座ると、時計台の鐘の音が鳴りだす。ピアノと歌声を聴いていたときのように、鐘の音は金属的な響きとして人工内耳に届く。その響きのヴォリュームが少しずつ大きくなると、ルーベンは人工内耳を外す。すると、静寂という名の音が訪れ、全身を包みこむ。静寂に身を任せるルーベンの表情は、大切なものを得た安堵感でいっぱいのように見える。

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