『大豆田とわ子』が書き足した、悲しい現実の“続き”。「軽く」て「深い」ドラマは何を描いたのか

文=原航平
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なぜ小鳥遊のプロポーズを断ったのか?

 第7話からの第2章に登場してとわ子の人生を乱高下させた小鳥遊大史(オダギリジョー)からのプロポーズを断ったのにも、そんな背景がある。結婚すればマレーシアの家に住める。それは、10代の頃からいつか自分でもつくってみたいと思っていた建築様式の家だった。それに対して「夢が叶いますね」と小鳥遊は嬉しそうに言う。でも、つくりたいのと住みたいのとではぜんぜん違う。「欲しいものは自分で手に入れたい」。

「ひとりで生きていけるけど……、まぁ、寂しいじゃん。寂しいのは嫌だけど、でもそれで誰かとふたりでいたって、自分を好きになれなかったら結局ひとりだしさ。好きになれる自分と一緒にいたいし、ひとりでも幸せになれると思うんだよね。無理かなぁ?」

 「ひとりで生きていけるけど……」ととわ子は何度か言葉にするが、その度に少しずつ下の句が変わる。でも大意はブレない。その自問自答の緩やかなツイストに、ドラマを見ながら自分自信の人生を省みる喜びがあった。

母の恋文が連れていく場所

 第9話で、小鳥遊ではなく田中八作(松田龍平)を選び、その間を漂い続ける綿来かごめ(市川実日子)と3人で生きていくことを決めたとわ子。ほとんど最終回のような最終回前話だったが、第1話と呼応するように母についての物語となった真の最終回もまた、「自分は自分らしくあるか?」と変わらず問い続ける話だった。

 「母は幸せだったのか」ととわ子が考え続けているのは、母が鏡写しの自分のようでもあるからだ。ひとりの女性がどのように生き、人を愛し人に愛され、何を考えながら死んでいったのか。それは、私たちに起きる未来でもある。

「おばあちゃんが生きた人生は、私の未来かもしれないんだよ」

 唄(豊嶋花)にとってのおばあちゃん、とわ子にとっての母であるつき子は、夫以外の愛する人に手紙をしたためていた。しかしその恋文は、「夫と娘の面倒を見るだけの人生なんて」との不穏な一文を残し、相手に渡されることのないまま遺品のなかに眠り続けていた。

 それを見つけたとわ子と唄は、「母(おばあちゃん)はどう生きたのか」を確かめるために、その手紙に書かれた相手“マーさん”に会いにいくことにする。自分に起きる未来を見にいくようにして。

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