『大豆田とわ子』が書き足した、悲しい現実の“続き”。「軽く」て「深い」ドラマは何を描いたのか

文=原航平
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女性たちに託された重い決断

 唄がなぜ医者になることを諦め彼氏である西園寺くんの奥さんになろうとしたのか。これまで詳細には語られてこなかった。最終話では、西園寺くんの方が医大に受かりやすく医者として出世しやすいからだと唄は吐露する。その残酷な思考回路には、2018年に発覚した東京医科大学医学部の不正入試問題や、男性優位社会の現状がするりと織り込まれていることがわかる。

 熱心に勉強しても医大に入れないかもしれない。医大に入って医者になっても、憧れた女性医師が辿ったようにいじめに遭うかもしれない。それでも、医者になることを目指すということ。それもまた、これまで綴られてきた、女性が辿らざるを得なかった悲しい物語を自分の手で書き足していくということだ。このドラマの女性たちに託された思いは重すぎるほどだが、それでも、描かれることにはきっと意味があるだろう。

 第6話までの統括コラムで書いたように、『大豆田とわ子』には時には社会問題とつながるような多様なテーマが内包されながら、それがすべて軽く、空洞化したままに描かれていた。結婚することで変わる名字、優位な立場にいる男性からのハラスメント、夢を奪われたヤングケアラー、そして、医大受験を諦めた女の子……etc。軽く描くということは想像を促すということであり、悩みながらも軽やかに打破していく登場人物たちを見せる意味もあったのだと思う。

 『大豆田とわ子』は、私たちの日常の鏡のようだった。だから不思議と、「自分は自分らしくあるか?」とこちらにも問われている気持ちになった。悲しい現実を書き足していく手段は、彼女たちが辿ったドラマのなかにある。受け継いだものたちの人生の物語は、これからも続いていく。

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