レインボーに輝けなかったスタジアム ハンガリーの反LGBT法とUEFA

文=河内秀子
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写真:ロイター/アフロ

 サッカー欧州選手権ドイツ対ハンガリー戦が行われた6月23日、独Twitterのタイムラインはレインボーカラーで埋め尽くされていた。試合の開催地であるミュンヘン市内も、新市庁舎や中央駅、テレビ塔までが、レインボーカラーに染まった……ただ1箇所を除いて。試合前日、欧州サッカー連盟(UEFA)は、ミュンヘン市、アリアンツ・アレーナをレインボーカラーにライトアップすることを禁止したのだ。

 ハンガリーでは、同月15日には、反LGBTQ的な新法が可決されている。23日の試合終盤、トーナメントへと進む決勝点を決めたドイツ代表のレオン・ゴレツカは、指でハートマークを作っていた。これはハンガリーの新法、そして人種差別やホモフォビア(同性愛嫌悪)発言を続けるハンガリーの極右フーリガン、さらにはプロサッカー界に根強いホモフォビアなどの差別に対する抗議の意図があった。

 この記事では、これらの背景を詳しく見ていきたい。

男子プロサッカー界のホモフォビア、なぜ?

 FIFAワールドカップでドイツ代表キャプテンを務めたこともあるフィリップ・ラームは、2021年に出版された自著の中で、サッカー選手はカミングアウトするなら引退してからの方が良いとアドバイスをして、大きな批判を浴びた。その後ラームは、キャリアの途中でカミングアウトしたらプレッシャーがつらいという危険性を指摘しただけだと釈明。彼が言う「サッカー界のダークサイド」とは「ホモフォビア」という言葉で言い換えることもできるだろう。

 ドイツでは男子プロサッカー界のトップ選手で、(現役はもちろん引退後も)カミングアウトをした選手は一人しかいない。2014年にカミングアウトした、元ドイツ代表のトーマス・ヒッツルスペルガーだ。引退から数カ月後に独ZEIT紙上で「プロスポーツ界における、同性愛に関する議論を進めたい」とカミングアウトの場をもった彼は、こう語っている。

男性プロスポーツ選手は、完璧に“規律正しい”、“タフ”で“超男性的”な存在だと見なされている。ホモセクシャルはそれに対し、“気分屋“で“ソフト“で“繊細”で……この2つは噛み合わないというわけです

 ヒッツルスペルガーが自分のお手本に挙げているのが、旧東ドイツで将来を嘱望され、1990年に統一ドイツの2部リーグの若手チームに入ったマルクス・ウルバンだ。彼は、ありのままに生きるのか、それともサッカー選手としてのキャリアをとるのかの選択を迫られ、最終的にプロになることを断念している。2007年、ウルバンはゲイだとカミングアウトした。彼は、今年のZDFのインタビューで、男らしさをアピールするために、勧められたビールは全て飲み、まわりの性差別的なジョークに一緒に笑い、自分のパワーの半分をアイデンティティを隠すことに使い果たしていたと、選手時代を振り返っている。

 男性プロサッカー選手は「プロとしての将来性や、評判、そしてスポンサーを失うことを恐れ」てカミングアウトできないとウルバンは分析する。いつしか差別は自分の一部となり、引退しても、もう言い出すこともできないのだ、と。

 2022年のFIFAワールドカップの開催地であるカタールでは、同性愛行為に対して懲役が課されている。2018年の開催地だったロシアも、2013年からいわゆる「反同性愛法」が施行され、例えば、未成年がいる場所でゲイやレズビアンに対して肯定的なコメントをする人を罰するという、”同性愛のプロパガンダ”を禁止している。

 プロとして将来どの国にいくかわからない状況で、キャリアアップのハードルになりうる“問題“になりかねないカミングアウトを、進んで行えないのは当然かもしれない。ウルバンは今年、ゲイ・サッカー選手の相談を受ける「ゲイプレイヤーズユナイト」を立ち上げた。2000年代から男子サッカー選手を取り巻く状況は徐々に変わり、世界的に見れば、いま再びカミングアウトの波が来ているという彼は、今後に明るい展望を持っているようだった。


民主化に逆行し続ける東欧

 欧州選手権でドイツの対戦相手となったハンガリーでは、今年6月15日、反LGBT的な新しい法律が可決された。表向きには「子どもを守るため」のこの法律は、未成年が入手することができる書籍や映画の中で「異性愛を逸脱した」内容の描写を禁止している。このテーマについての教育プログラムや、説明するための本であっても許されない。また、同性愛やトランスセクシャルが「普通」の状態の一部だと見られるような広告も禁止される。

 欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「このハンガリーの法律は恥だ」と厳しく批判し、この法律はEUの基本的な価値に反すると述べた。

 EUに加盟する27カ国のうち、17カ国がこの法律に抗議する書簡に署名している。ルクセンブルクのジャン・アッセルボルン外相は、議決権の剥奪やEUからの支援金の支払い凍結などにも言及。2015年に同性婚した同国首相のグザヴィエ・ベッテルは、オルバンに対し「あなたは一線を超えた」「これは私が生きたいヨーロッパではない」と伝えたと言う。オランダのマルク・ルッテ首相も、このような政策を続けていく気ならばEUにハンガリーの居場所はない、イギリスのように離脱手続きすべきだと求めているが、一方でポーランドとスロベニアは明確にオルバン首相を支持する構えを見せている

 メルケル首相は、16年の任期中、最後となる政府質問で右派ポピュリスト政党AfDに答え「私はこの法律は間違っていると思う。私が考える政治とも相入れないものだ」「同性間のパートナーシップを許しておきながら、別のところでそれに関する啓蒙を制限する。これは教育などの自由にも関わる」と答えて、大きな拍手を浴びた。

 ハンガリーのこの動きを踏まえ、ミュンヘン市議会は6月18日にホモフォビア・トランスフォビアに反対する意思表明として、対ハンガリー戦の際にミュンヘンのスタジアムを虹色にライトアップしようと決定し、市長のディーター・ライターはUEFA会長のアレクサンデル・チェフェリンに書簡を送った。UEFAだけでなく、ドイツサッカー連盟やバイエルンサッカー協会、そしてミュンヘンの全てのサッカーファンに対して、寛容と平等を目に見える形でしっかりとアピールしたいというのがその理由だ。

 しかし、UEFAは、試合の2日前、21日にこのアイデアを「政治的なアクションである」として却下し、レインボーカラーのライトアップを禁止した。ミュンヘン市がこの行為を政治的なアクションだと明確にしていたために、政治的な中立性を守るというUEFAの規約と両立が難しかったのだろう

 ハンガリー外相ペーテル・シーヤールトーは、この決定に対し、歴史的に見てもスポーツと政治を混同させるのは大変に有害で危険なことだと言い、「特にドイツ人はそのことをよく知ってるでしょう?」とコメントしている。

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