『広辞苑』第七版によれば、「丁寧」とは「注意深く心がゆきとどくこと。また、手厚く礼儀正しいこと」を意味する言葉です。けれども、この言葉を発した安倍氏は、本当は「乱暴」かつ「不誠実」に物事を進めているにもかかわらず、その事実を隠すために、正反対の「丁寧に説明する」という言葉を繰り返し使っていました。
こうした安倍氏の、不誠実で人を小馬鹿にしたような「丁寧に説明する」という言葉の使い方を、菅現首相もそのまま踏襲している様子です。
2021年6月9日、首相に就任(2020年9月16日)して初めてとなる国会での党首討論を行った菅氏は、官邸で記者団に「新型コロナウイルス対策、東京五輪・パラリンピックについて私の考え方を丁寧に説明した」と述べました。
しかし実際には、立憲民主党の枝野幸男代表から「『国民の命と健康を守る』という菅首相の言葉には、全国的な感染拡大防止も含まれるのか」と問われても、菅首相は論点をはぐらかして答えず、その代わりに「前回の東京オリンピック当時、自分は高校生で、東洋の魔女(女子バレーボール日本代表)などが非常に印象に残っています」というような「個人的な思い出話」を延々と(限られた時間のうち6分45秒も)語っただけでした。
首相就任から3か月後の2020年12月25日に行った記者会見でも、菅首相は安倍前首相の「桜を見る会」の不正疑惑について「国会の中でも機会があると思いますので、丁寧に説明をさせていただきたい」と述べていました。けれども、その後の国会審議で、菅首相が問題の核心に関わる「丁寧な説明」をすることはありませんでした。
安倍氏や菅氏が、慇懃無礼な態度をとりつつ、自分の不誠実な態度をごまかすために「丁寧に説明する」という言葉を使う理由は、それが主観的な修辞(言葉による表現)でしかなく、実際にそうなのか否かを客観的に評価する基準が存在しないからです。
しかも、将来の約束として「丁寧に説明していく」と言われれば、記者もその時点では真偽を判断できないので、そのまま字句通りに記事にするしかなくなります。
そして、「そのまま字句通りに記事にするしかない」というのも、この詭弁がもたらす弊害の一つです。記事の本文だけでなく、見出しに「安倍首相『丁寧に説明していく』」と書いてしまうと、あたかも安倍氏が誠実な態度で国民と向き合っているかのような、現実の姿とは乖離した「権力者に好都合なイメージ」が社会に拡散されるからです。
これらの事例を見ればおわかりのように、「丁寧に説明していく」というのは、権力を持つ者にとって非常に便利な言葉です。政治家は本来、政策上の意思決定とその理由について、主権者である国民に説明する責任(アカウンタビリティ)を負っていますが、第二次安倍政権以降、日本では政権与党が説明責任を果たさないことが常態化し、「アカウンタビリティ」という言葉もメディアでぱったりと使われなくなりました。
現実に起きている異常な事態を隠し、あたかも正常な国会運営がなされ、首相や官房長官が誠実に国民と向き合っているかのように見せかけるトリックとして、「丁寧に説明していく」という詭弁は絶大な効果を発揮しています。
普通なら、首相や官房長官と接する政治報道の記者が「何か変だ」と気づいて、言葉の使い方を間違っているのではないかと疑問を呈するはずですが、今では記者の側も、このトリックにすっかり慣れて適応してしまい、権力者による「日本語の破壊」を批判しないどころか、その片棒を無自覚に(あるいは確信犯で)担ぐような状態になっています。
安倍氏や菅氏が語る「丁寧に説明していく」とは、実際には「お前ら下々の国民に説明することなど何もない」という意味です。われわれ国民は、自分たちがずっと首相や官房長官、その他の閣僚に愚弄されているのだという事実に気づかなくてはいけません。
また、民意を無視して政府中枢の一部の人間が密室で物事を決め 、国民は「決まった後で政府の説明を聴くだけ」というのは、民主主義ではなく、独裁国でよく見られる光景です。
(山崎雅弘)
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