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新聞、雑誌、テレビやラジオ、そしてウェブメディアなど様々なメディアで行われてきた「人生相談」企画だが、専門家によるものからタレントなど著名人によるものまで、その内実は様々だ。『人生相談「ニッポン人の悩み」』(光文社)で人生相談の研究を行った池田知加さんは、人生相談には人々の悩み方、そして回答にその時代ごとの価値や規範意識が反映されているという。多様な生き方が可視化された現在、人生相談にはいったいどんな意味があるのか、詳しくお話を伺った。

池田知加(いけだ・ともか)
1973年、大阪府生まれ。桃山学院大学社会学部卒業。立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。応用社会学専攻、博士(社会学)。研究テーマは社会意識論、自己論、メディア論。立命館大学、大阪工業大学の非常勤講師をつとめる。
人生相談と人生論は違う
――紙、web、電波など媒体の形式を問わず、今さまざまなメディア上で「人生相談」企画が行われています。文化人やタレントなど著名人たちによる優れた回答がSNSで話題になったり、逆に的はずれなものは回答者の姿勢を含め批判されて炎上したりと、耳目を引くコンテンツではあります。そうした光景を見ていると、そもそも「人生相談」ってなんのために存在するんだろう、という疑問が湧いてきまして。
前提として、本来の人生相談というのは回答者が前面には出ないものなんです。いま仰ったような、著名人の回答者ありきの企画はその人物の作品であって、人生相談ではないと私は思います。
――えっ、そうなんですか。著名人の名前を立てて、そこに寄せられた相談に回答するのが人生相談企画のフォーマットだと思っていました。
たとえば私は中島らもさんがとても好きなのですが、彼の「明るい悩み相談室」は読み物として面白いエンタメであり作品でした。人生相談のフォーマットが作品として通用することを示した先駆けだったと思います。エンタメを志向していないスタンダードな人生相談の主役はあくまで相談者。回答者個人のパーソナリティが前面に出てくるのは、ジャンルとしては人生論とでもいうべきものです。本来の人生相談には回答者のパーソナリティは不要で、個人名すらいらないものなんです。
――回答者の氏名が明確になっていない人生相談もあるんですか?
読売新聞の「身の上相談」(1914〜37年/日本のメディアにおける人生相談企画の草分け。戦後「人生案内」として再開し現在まで続いている)では社内の編集者が回答していて、無記名ですね。
――つまり、もともと人生相談は回答者のパーソナリティによらず、誰が答えてもある程度同じような回答になることが理想だった?
そうですね。私自身、著名人が回答するタイプのものを楽しく読んではいますが、論文においてはあまり参照していません。そこはひとつの線引きです。
相談者の「悩み方」がうまくなっている
――なるほど。権威ある人物が一方通行で回答する構造は実は暴力的なのではないかと思っていたのですが、それを「人生相談」と認識することがズレていたんですね。池田さんは著書『人生相談「ニッポン人の悩み」』(光文社新書)で50年分、3700件の相談を分析されています。時代と共に、相談の内容は変わってきているのでしょうか?
戦前から、「対人関係の悩み」と「自分に関する悩み」の2つの比重が大きいのは変わりません。前者はほとんどが家族に関してで、特に女性からの相談の場合は大半が夫についての悩みですね。これは現在まで一貫しています。ただし時代が進むにつれて自分に関する悩みのほうが増加してきています。同時に、悩み方も変わってきています。
――どう変化しているんですか?
私は悩み方を5つのパターンに分類して分析しています。
【0】悩み事そのものについて(承認):「こんなふうに思う私はおかしいのでしょうか」など、悩みごとそのものについての解釈や承認を求めるもの
【1】悩みが生じた原因やその解明について(解明):自分が直面している問題に混乱している回答者が、問題の解明や状況整理を求めるもの
【2】悩みの解決方法について(方法):「この状況にどう対処すればいいか」など、解決方法を尋ねるもの
【3】ある行為の選択について(判断):「離婚を考えるが踏ん切れない。アドバイスがほしい」など、どちらを選択すべきか判断を尋ねるもの
【4】解決のための技術的な手段について(技術):「なんとか穏便に離婚できる方法はないか」など、解決のための法的アドバイスや医学的知識など技術的手段を尋ねるもの
読売新聞「人生案内」に寄せられた相談内容を1958年、68年、78年、88年、98年と10年ごとの5時点で取り出し、パターン別に推移を調べると、【1】【3】は減少していて、【2】は大きく伸びていました。

※池田知加『人生相談「ニッポン人の悩み」』(光文社新書、2005年)より
ここからわかるのは、相談者の悩み方がうまくなってきているということです。問題が解決した状況を相談者が想定できているから、「解決するための方法を知りたい」と質問できるわけです。【1】のように「どうしていいかわからない」と混乱していると、何を以て解決した状態とするかもわかっていない。理想のライフコースや人生のあり方を個々人が設定するようになったことで、そこに到達するためのマニュアルを聞く傾向が強まったのだと考えられます。
――グラフを見ると、悩みに承認を求めるパターン【0】も少しずつ増えていますね。
そうですね。自分が感じている不安が問題になりうるのか、確証のなさに悩む人は徐々に増えています。これは本当に現代的ですよね。かつては「女性は結婚して家庭に入るべき」というような固定化した規範が強く存在しましたが、今は「好きに生きていい」と自由度が上がっている。それは裏返せば“正解”がないということです。規範=正解があるときは賛成か反対かシンプルに考えればよかったけれど、どんな生き方でもOKとなると今度は何が悩み事なのかわからなくなってしまう。だから「これで悩む自分は変ですか?」と問うわけです。マニュアルを聞くパターンを「問題解決志向」とするなら、こちらは「問題診断志向」といえると思います。
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