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正面から自分に向き合ってくれない両親にがっかりし、自信のない自分が大嫌いで、生理不順から不妊の予感もあり、大人になっても結婚なんて考えていなかった著者。ところが、運命の出会いが近づいていて。
<この連載について>
特別養子縁組とは、子どもの福祉のために(親のためではなく)、子どもが実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、養親(育ての親)と実子に等しい親子関係を結ぶ制度です(※)。
そんな特別養子縁組制度が成立した翌年の1988年、うさぎママ夫妻は児童相談所の仲介で0歳の娘・アンちゃんと出会い、その後、親子になりました。この連載は、アンちゃんが大人になるまでの日々を感情豊かに綴った書籍『産めないから、もらっちゃった!』(2012年、絶版)の改定版を公開するものです。
※厚生労働省 特別養子縁組制度について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000169158.html
第1章 アンに出会うまで
その頃、職場で男女を問わず、だれからも一目置かれているステキな先輩がいました。その人は私より5歳年上で、すでに結婚していて、ふたりの女の子のお母さん。大変バランスのとれた性格で大好きな人でした。
その先輩が私を心配して、「ねぇ、うさぎさん、結婚する気はないの?」と声をかけてくれました。「相手がいないから〜」といつものセリフの私。「あのね、それだったら、私の弟と会ってみない? 堅苦しく考えることないから。お茶飲むだけでも、ねっ」と言われ、先輩の弟・マシューと会うことになりました。
じつは、それまでに二回ほど、知らないうちに父親にお見合いをさせられていた私。適齢期だったので、世間体を考えたんでしょうね。その前に、娘の意向を確かめるべきでは? 本当に、私の考えに向き合うなんて気はまったくない親でした。もちろん、相手の方とお話をすることもなく、お断りしました。お話してからお断りするほうが失礼だと思ったからです。
ところがマシューとは、待ち合わせた喫茶店でふたりだけで会って、すぐさま意気投合。たまたまマシューは、私と正反対のタイプだったからかも?
それでもマシューと出会った時点では、やはり結婚は考えていませんでした。心の通わぬ父と二度目の母を見て育ち、結婚生活に夢を持っていなかったし、何より自分に自信のない娘だったのです。
マシューとの恋愛期間中、たくさん話をしました。とても言いにくかったけど、「将来、妊娠しにくいかもしれないから、結婚は考えていない」という話もしました。すると、マシューはあっさりと「姉のひとりだって子どもはいないよ。子どもをつくるために結婚するわけじゃないんだから」と。そういう考えの男性もいるのだと驚き、自然に結婚へと気持ちが向かっていきました。
こうして、なんと出会って3カ月と5日目で結婚。25歳の私は、26歳のマシューを頼り、うきうきとメイプル家の一員になりました。このスピード結婚には、まわりはもちろんだけど、私自身がいちばんびっくり。あ、できちゃった婚で急いだわけじゃないんですよ(そりゃそうですね)。単純に一緒にいたかったという理由でした。お互いに出張の多い仕事をしていて、会えないのがつらかったから。
結婚後、思っていた通り、妊娠することはありませんでした。その頃、テレビは「五つ子ちゃん」で大騒ぎ。排卵誘発剤って言葉は、当時の全国民にインプットされたのでは?
大騒ぎのテレビ番組を、新婚のマシューと私はのんびりと見ていました。お互いに仕事で忙しくとびまわり、ふたりでいるときは楽しくてたまらない。子どもに恵まれないことも、当時は気楽に見すごしていました。だって最初からいないのだから。20代のふたりに寂しさはありません。
それどころか、私は心の中でひそかに「いなくてよかった!」とさえ思っていました。さすがに夫には言えませんでしたけどね。
理由は、強烈な個性を持つ姑の存在でした。大変な過干渉で、留守中に家の中を点検されたりしていたので、のんきな私でさえ精神的に追い詰められ、胃カメラを飲むはめになったこともあるほど。これで孫まで生まれたらどうなるのかと恐れていました。
振り返ると、私は幼かったと思います。母親になっていたら、そんな心配を吹き飛ばすほど強くなれたはずなのに。
そんなこんなで不妊治療を受けることもなく、最初の数年が過ぎていきました。姑からも、子どもについては何も言われませんでした。夫が学生時代に重い病気をしたので、ひそかに孫は望めないと思っていたようです。「おふくろには俺が原因だと思わせておけばいいから」。そう言ってくれた夫も、特に子どもを望むそぶりはありませんでした。
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