「いつかは専業主婦に」という人生設計が危険な理由 コロナ禍で浮き彫りに

文=サンドラ・ヘフェリン

社会 2021.07.15 15:00

Getty Imagesより

●日本と海外、女性の「生き方」「社会」の違い(第2回)

 コロナ禍で女性の貧困が問題になっています。正社員ではなく非正規雇用で働く女性が多い日本。コロナ禍では真っ先に彼女達が職を失いました。

 これまでの人生を頑張って生きてきたのに、なぜ「貧困」という状態に陥ってしまったのでしょうか。それは避けられることだったのでしょうか。今回は女性が陥りやすい「生き方のワナ」について考えます。

「いつかは専業主婦に」という人生設計

 非正規雇用で長年働いてきた女性が職を失い貧困に陥ると「非正規雇用が不安定だと分かっていたはずなのに、そういう雇用形態で働いてきたのが悪い」とばかりに本人が責められがちです。

 バブル時代には就職の際に学生が仕事を選び放題という強い立場にあったため、その時代においしい思いをした人の中には「不景気で正社員にありつけなかった下の世代の苦悩」が実感として理解できていない人も少なからずいます。

 でも不景気のように「時代特有の問題」のほかに、「女性の生き方」が結果として貧困につながってしまうこともあるのです。

 20代の女性が「これからの40年間、非正規雇用の仕事をしよう」と白黒はっきりした形で「決断」することはあまりありません。でも漠然と「10年後には結婚しているだろうし、その時には家庭を中心に生きるだろうから、とりあえず今は非正規でもいいや」といった具合に「なんとなく」非正規を選ぶというか非正規に甘んじているところはあると思うのです。

 「甘んじている」と書きましたが、本人にばかり責任があるわけではありません。長らく日本の社会では「女性は肩肘張って仕事を頑張るよりも、男性に頼って生きるのが自然」「男性に甘えて生きることが女性として幸せ」といった生き方が一部で称賛されてきたからです。

 「結婚し仕事をやめる」という選択をせずに職場に留まった女性はかつて「お局さん」と揶揄されました。今の時代では使われない言葉ですが、かといってそのような価値観が全くなくなったかというと、そうではありません。

 筆者の知人の女性も「もう若くないのに、独身でなりふり構わず仕事をする女性というのは、見ていて気持ちのいいものではない」と言っていたように、「お局さん」という言葉を使わずともこのような価値観はまだ残っているようです。

 今の時代も「一生働くよりも、途中で結婚して子供を育てて、家庭を中心に生きたい」と考える女性は少なくありません。つい5年ほど前のある調査では女子大生の4人に一人が専業主婦志望だという結果が出ました。

「働くことを勝ち取ってきた」ドイツ女性の自負

 つまり今も専業主婦という生き方に憧れる女性が日本には一定数いるのです。

 筆者が出身のドイツはスウェーデンとリトアニアに続き「働く女性」が欧州で3番目に多い国です。2018年にはドイツの20歳から64歳の女性の76%が就労していました。

 今のドイツ社会は女性が「専業主婦になりたい」と言えるような雰囲気ではありません。だからといって専業主婦になりたいと思う人がいないわけではないですが、あまりメジャーな感覚でないため公の場などで「将来は専業主婦になりたい」と話す女性はあまりいません。ドイツの女性は差別的な法律と闘い「就労」や「経済的自立」を勝ち取ってきたという背景があるからです。

 今でこそドイツは男女平等の傾向が強く、2021年のドイツの男女平等指数は156カ国中11位でした。全ての分野において男女平等が達成されているとはいえないまでも、「男女平等は文句なしで追求されるべき」と考えるドイツ人は多いのです。そのため、現在のドイツでは、男女平等の面で遅れをとっている国が何かと批判の対象になりがちです。

 でも実はドイツの家族法と婚姻法には長年「妻の就労は育児と家事に影響しない範囲内に限る」という条項がありました。ドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch)からこの条項が削除されたのは1977年です。

 そもそもかつてのドイツでは「妻の就労は夫の許可がある場合のみ」とされており、1958年までは妻の同意なく夫が「妻の雇用契約を一方的に打ち切る」ことが法律上可能でした。

 さらに既婚女性が自分の銀行口座を開設するためにドイツでは1962年まで夫の許可が必要でした。既婚女性に「法律行為能力がある」と認められたのは1969年になってからです。

 このようにドイツでは「法律に基づき女性が差別される時代」が続きました。その時代を知る祖父母世代や親世代は子供や孫に「今は本当に良い時代になった」と語る傾向があり「専業主婦は楽しかった」という話にはあまりならないのです。ここが日本との大きな違いかもしれません。

「専業主婦の楽しさ」を母親から娘に伝える日本

 日本でも専業主婦の数が少なってきてはいるものの、前述のように「専業主婦になりたい」と考える女性がいるのは、親世代が「専業主婦としての生き方」について割とポジティブな形で子供に伝えてきたからではないでしょうか。

 筆者と同年代(40代半ば)の日本人女性は母親からよく「専業主婦は生活が楽しめる」とポジティブな内容を聞かされていたと言います。その女性の父親は商社マンで一家は海外にも住んだことがあります。その海外生活が楽しかったこともあり、母親は娘に「商社マンとの結婚」を薦めていたそう。女性は商社マンではなく別の職種の男性と結婚しましたが、その後専業主婦になりました。筆者は女性が「専業主婦になることを選んだ」背景に「母親が専業主婦として幸せだったこと」が関係しているのではないかと感じました。

 ドイツの同年代の女性の場合、親世代が「女性に差別的な法律」に悩まされてきたため、その頃の苦悩を若い世代に伝える傾向があります。そういった風潮のなか、ドイツの女性には「家庭だけに収まってたまるか」という気持ちがあるのです。決して家庭を大事にしないというわけではなく、女性が家庭「のみ」を大事にした結果、仕事をやめてしまうと、年金の受給額が減るなど、女性が損をすることは広く知られています。こういったことを含め「女性が仕事をやめると男女平等ではなくなってしまう」と考える人は男女ともに多いのです。

 日本にはドイツのように「既婚女性の口座開設には夫の許可が必要」といった差別的な法律はありませんでした。法律の面でいえば、日本の女性の方がドイツよりもずいぶん平等だったわけです。

 ただ法律による縛りはなくても、日本では今もなお「女性は家庭を優先すべき」という「暗黙の了解」が幅をきかせています。ドイツの特徴は「法律が変わると世間の価値観の切り替えも早い」というところかもしれません。

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サンドラ・ヘフェリン

2021.7.15 15:00

ドイツ・ミュンヘン出身。ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれ、日本歴は20年以上。日本語とドイツ語の両方が母国語。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』(中公新書ラクレ)、『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)、『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)など。

twitter:@SandraHaefelin

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