カン・ダニエルの告白、女性差別…K-POPの光と闇の歴史を辿る『K-POP Evolution』

文=近藤真弥
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 『K-POP Evolution』は、2021年3月にYouTube Originalsで公開された音楽ドキュメンタリー。7エピソードにわたってK-POPの歴史を考察する作品で、BoA、(G)I-DLE、スルギ(Red Velvet)HA:TFELT(元Wonder Girls)、PENTAGON、カン・ダニエルといったアーティストたちが登場する内容は見応えたっぷりだ。制作は、ヘヴィー・メタルに焦点を当てた映画『Metal: A Headbanger’s Journey』(2005)などで有名なBanger Filmsが手がけている。

 全エピソードを観て印象に残ったのは歴史観だ。エピソード1「K-POPの誕生」において、本作は1966年のソウル梨泰院地区にまで時を遡る。そして、ヒッピー文化や華やかな繁華街など、多くのカルチャーが交わるこの地をK-POP発祥の地とするのだ。

 そうした流れを示すうえで、当時の韓国ロック・シーンで活躍していたギタリスト、キム・ホンタクのインタヴューを挟んだのは良い視点だと思った。ホンタクは、Key BoysやHe 6の一員として韓国のポップ・ミュージックに多大な影響をあたえたアーティストだ。いわゆる米8軍舞台と呼ばれるシーンを中心に活動し、多くの素晴らしい音楽を残している。

 そんなホンタクの証言を通して、本作は1960~70年代の韓国がどんな国だったかを伝えていく。当時の韓国はパク・チョンヒ独裁政権下にあった。漢江の奇跡と言われる劇的な経済成長により豊かさを手にしていた一方で、政権に批判的な者は容赦なく罰せられた。表現の自由は狭まり、それに伴いロック・バンドが警察に連行されることもあった。政権の意にそぐわないアーティストの作品は没収され、ライヴでの演奏を禁じる曲も定められた。そうした出来事があたりまえだった時代をホンタクは淡々と、しかし重みがある言葉で振りかえる。

 政権に目をつけられていたホンタク、シン・ジュンヒョン、ハン・デスといったアーティストたちの作品を聴くと、いまやあたりまえとなったハイブリッドな音楽をいち早く鳴らしていたことに驚かされる。トロットなど韓国歌謡に多い五音音階が下地のメロディーに、ジャズ、カントリー、ソウル、ブルース、ロックという西洋音楽の要素をブレンドした感性は、確かにK-POPの源流を見いだせるだけでなく、いまもなお私たちに興奮と驚きをもたらすおもしろさで満ちみちている。なかでもHe 6のアルバム『아름다운 인형 / 사랑의 상처』(1972)は、ファンクやソウルのスパイスを振りかけた極上のサイケデリック・ロックで、韓国ロックを代表する名盤と言っていい。

 1960~70年代の韓国に起点を置いた本作は、K-POPのみならず、K-POPも含めた韓国ポップ・ミュージック史の一端を炙りだす。先達に対する敬意や、社会と音楽を無理に切り離さない誠実さが際立つという意味でも、本作の視点は高く評価できる。

 このように本作は、サウンドの面からもK-POPを見つめる姿勢が顕著だ。とはいえ、エピソード2の「アイドル第一世代」以降はその面が薄くなり、ファン層の拡大など産業としてのK-POPを中心に据えた語り口が目立つ。エピソード2でトニー・アン(H.O.T.)も言うように、アイドル・グループのH.O.T.は、いくら努力してもミュージシャンではなく作り物だと思われがちだった。こうしたアイドルへの偏見は現在も根強く、2020年にはライターのエリカ・ラッセルがそれをBTSとポン・ジュノを比較する形で示唆している

 そういう風潮を、サウンド面にも注目できるはずの本作がほとんど掘りさげていないのは残念だった。サウンド的に掘りさげる価値を持ったK-POPがないわけでもないのだから。

 たとえば、(G)I-DLEの“Senorita”(2019)はキャッチーなポップ・ソングでありながら、セビジャーナスやファンダンゴス・デ・ウェルバといった3拍子系のラテン音楽に通じるビートを潜りこませるなど、聴きどころが多い曲だ。そんな曲の作詞/作曲/編曲には、(G)I-DLEのリーダーであるソヨンが関わっている。

 現在のK-POPはグループのメンバーが作品の制作に深く携わることも珍しくない。彼ら・彼女らの創作力を軽視してはならないし、もっともっと注目が集まってもいいはずだ。そういったところへの眼差しが本作は不十分だと思う。この物足りなさは、本作がK-POPを一面的に捉えまいとする視座が強いだけに、悪目立ちしてしまっている。サウンド面からの掘りさげだけで言えば、ネットフリックスによるドキュメンタリー・シリーズ『世界の“今”をダイジェスト』(2018~)のK-POP回のほうが優れた内容だ。

 K-POPを一面的に捉えないとするあまり、さまざまな題材や視点を取りあげすぎて、ひとつひとつの考察が中途半端になりがちなのは本作の短所と言える。

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