「誰でもわかる無料のオンライン授業」はなぜ可能なのか eboard代表理事・中村孝一さんインタビュー

文=柳瀬徹
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字幕は「手すり」と同じ

――ボランティアを募って、小学校高学年と中学校の映像授業約1,600本に字幕を付ける「やさしい字幕」プロジェクトも進められています。外国語につながる子や、聴覚障害がある子には大きな助けですが、そうでなくても字幕があったほうが理解しやすい子もいるのでしょうか。

コロナ禍での休校期間中に、ろう学校の先生方から「自宅で使える教材がないからeboardに字幕を付けてほしい」という要望がいくつか寄せられたことが直接の契機ですが、学習においては健常者の子どもでも聴覚に頼っている部分はかなり大きいんです。聴き取りにはかなり個人差があって、聴き取れない、聴けていても理解できない子もかなりいるんですね。教える内容が音声より少し先に文字で表示されていると、理解のしやすさはかなり向上します。

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私たちは「駅の階段に手すりをつける」イメージで、字幕プロジェクトを始めました。必要のない人にとっては目にはとまらなくても、手すりがあることで電車に初めて乗れる人もいれば、なくても何とかなるけどあれば助かるという人もいます。普段は不要でも、足を怪我してしまった人も手すりがあれば助かるでしょう。字幕もまさにそういうもので、アクセサビリティの向上は、eboardが提供すべき付加価値だと考えています。

――1単元ごとの動画はだいたい5~6分で、演習問題も2~5問程度ですが、もっと問題を増やしたり、オプションで高度な授業も受けられるといった展開は考えていますか?

正直、今は考えていません。eboardを使っていただいている学習塾や、個人で利用してくださっている方などからはそのような要望もあるのですが、あえてそこを捨てることで勉強が苦手な子や、学習意欲が持てなくなってしまった子によりアプローチできるのではないかと考えています。

――あくまでも「学びをあきらめた子」や、あきらめかけている子がターゲットなのですね。

はい。「誰にでも使える万能教材」があるとは全く考えていないんです。万人に届けようとすると、誰にも届かないものができてしまいます。勉強が苦手な子のことをどれだけ想像できるかが、eboardにとっては生命線だと思います。

社会に出てから学ぶ力を

――中村さんは塾の講師をされていたとのことですが、どのような経緯でeboardを設立されたのでしょうか?

学生時代にバイトで学習塾の講師をして、教育に関わる仕事をしたいと思うようになり、学習支援のボランティア活動もしていました。不登校の子や、発達障害や学習障害を抱えた子、経済的な事情で塾に通えない子たちの支援をしているなかで、教育現場だけでは解決できない問題があると思ったんです。

――どのような問題でしょうか?

私は兵庫県西宮市の出身なのですが、富裕層の多い北部と南部では経済格差があり、やんちゃな子や集団からこぼれてしまった子も少なくありません。中学で不登校になってしまった子を塾で教えて、何とか意欲を取り戻して定時制高校に通えるようになっても、入学後しばらくして退学してしまう、そんな経験がいくつかありました。

学べなくなる事情はさまざまですが、現状の支援は学校の先生や塾講師、支援スタッフの教える能力に依存しています。でも進んだ先で継続的な支援が得られなければ、学びの現場から再びこぼれてしまい、学習意欲そのものを失う子が生まれてしまいます。

学習意欲とは、新しいことに取り組む力であり、取り組むスキルを身に着けたいという動機なのだと思います。これからの社会は学校で学ぶ量よりも、社会に出てから学ぶ量が圧倒的に多くなるはずです。子どものうちに学習意欲をなくすことで、あらかじめ将来の学びをも失ってします、その損失はあまりに大きいと思います。

すべての子どもが学びたいという意欲と、学ぶことができるという自信を持ち、学ぶスキルを身につけて社会に出ていけるようにするために、何をすればいいのかと考えるようになりました。教員の友人たちと、YouTubeに授業動画をアップし始めたのが2012年です。

――オンライン授業というアイデアは何かヒントがあったのでしょうか。

その前年あたりから、アメリカの大学などが講義の動画を公開し始めていて、これの子ども版をやればいいのではと思いました。もちろん動画をアップするだけでは目にしない子どもがほとんどですし、見られたとしても一人では学べない子が多いでしょうけど、支援する人たちの働きかけがあれば学びの場として機能すると考えたんです。

少しずつ動画を増やして、授業の内容をまとめたホームページを更新していたところ、島根県西部のある町の教育委員の方から「放課後学習に使いたい」というご連絡をいただき、それを機にNPO法人となりました。その頃は動画とまとめページだけでしたが、演習問題を作ったり、アカウント登録すれば学習記録が残る機能を付けるなど、少しずつ現在のかたちになっていきました。利用してくださる教員の方も少しずつ増えましたね。

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