「誰でもわかる無料のオンライン授業」はなぜ可能なのか eboard代表理事・中村孝一さんインタビュー

文=柳瀬徹
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GIGAスクールは何を変えたのか

――とはいえ2010年代前半は、教育現場のICTへのアレルギーはまだまだ根強かったのではないでしょうか?

使ってみたいと言ってくださる一部の先生方は、職場ではわりと変わり者だったのではないかと思います(笑)。しばらくは学校からよりも、発達障害のお子さんや不登校のお子さんを持つ保護者からは「子どもの状況が変わった」と熱のこもった反響があったので、必要としている子どもはいるという手応えを感じていました。

――その後、2019年にGIGAスクール構想が打ち出されて、さらに2020年にはコロナ禍での休校期間もありました。eboardをめぐる状況は変わりましたか?

そうですね。学校の先生も、社会全体でも、ICT教育の捉え方はポジティブなものになったと思います。とくに休校期間は学習の手段がなかったので、学校再開とともに揺り戻しはあったにせよ、ICT教育やオンライン授業の必要性は認識されたのではないでしょうか。

GIGAスクール構想も同様で、それまでは「ICTを使おうにも環境が整っていないからできない」という声が多かったのですが、今はそのような反応は上がってこなくなりました。同時に、国が予算を投じて一人一台環境を作るとなると、ICTが苦手な先生も必要性を感じてくださっているのだと思います。そこは大きな前進と捉えています。

――2020年からは個人アカウントの登録を中止されていますが、休校でアクセス数が急増したのでしょうか?

はい。アクセス急増で以前からご利用いただいている個人や団体でも使えなくなる事態となったので、新規のアカウント登録は休止させていただきました。アカウントがないと学習記録は残りませんが、映像も問題やすべて同じようにご利用いただけます。

休校期間は、GIGAスクール構想で端末配布や回線増強など環境整備が進んだこともあり、公立学校からの利用申請も急増しました。

以前は公立学校から申請があれば無審査で利用していただいていたのですが、こちらのサーバーの限界もあり、2020年6月からは審査を行うことにしました。利用計画や目的を精査し、きちんと利用していただけそうな学校のみ団体アカウントを発行しています。教育委員会から一括での申し込みがあった場合、ソフトウェアでもオンライン教育でも利用されないままというケースが多かったんですね。

なので現在は、不登校児童の人数や、その子たちにどのような働きかけをし、どうeboardを活用するかといった計画があやふやな申請は、お断りするようにしています。GIGAスクールが始まって、「何となく使ってみたい」といった感じの申請も増えてしまって、審査通過率が劇的に落ちてしまったのが正直なところです。あくまでも、子どもたちそれぞれの課題にしっかり向き合っている先生方に、優先的に使っていただきたいと思っています。

「個人の寄付」が重要な理由

――eboardは私立学校や塾単位で利用する場合は月額7,500円、個人や公立学校、NPOでの利用は無料となっていますが、当初からこういう運営方法を考えていたのでしょうか?

そうですね。無料にした理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは有料にすると逆に提供のためのコストがかかってしまうんです。GIGAスクールで状況は変わってきていますが、日本の公立学校には、ICTやソフトウェアの予算を決める権限が与えられていないんです。なので、たとえ月100円でも値段が付いただけで、たくさんの事務手続きが発生してしまいます。ある先生が特定の生徒のサポートのために、今学期だけeboardを使いたいと考えても、お互いに事務作業のコストが発生してしまうんです。なのでそこは無料にしてしまって、できるだけ他の部分にエネルギーを注ごうということで無料にしています。

――運営費用はどのように賄っているのでしょうか。

2020年度の場合、半分は協賛してくださっている企業からの寄付と、もう半分は民間の塾やフリースクールなどの使用料金です。当初は塾などでの利用は想定していなくて、強い要望があった場合だけ寄付をお願いして提供するようにしていたのですが、2017年からは営利活動のみ使用料をいただくようになりました。

本当は個人の方からの寄付をもう少し伸ばしたいと思っているのですが、なかなか難しいので、まずはご要望の多い民間の塾やフリースクールに費用をご負担いただくという形をとっています。

「誰でもわかる無料のオンライン授業」はなぜ可能なのか eboard代表理事・中村孝一さんインタビューの画像7

営利団体の利用は1教室あたり月額7,500円。個人や公立学校、NPOなどは無料。

――個人からの寄付を増やしたい理由は?

NPOとしても、困窮世帯の子どもや財政難の自治体で学ぶ子どもたちであっても平等に使ってもらいたいというeboardの理念からしても、特定の企業や営利団体に依存し過ぎるのは望ましくないと考えています。教材開発にせよ事業運営にせよ、お金を出してくれる主体のニーズに寄っていってしまう恐れがあるからです。海外のオンライン教育では、財団や個人の寄付で安定して運営されている団体も多く、さまざまな環境の子どもにいつでも学べるツールが持続的に提供されています。

もちろん、国がこのような教育機会を確保することもとても良いことではあるのですが、日本では官製のプロジェクトの運営があまり安定的ではなかったり、更新されなくなったりということがしばしばあります。まずはeboardの活動を持続させたいということは当然ですが、民間の公益団体という枠組みでオンライン教育を持続させたという事例を作りたいという思いもありますね。

――オンライン教育や通信教育を行う企業は数多くありますが、「民間の公益団体」が行う意義はどんなことでしょうか。

もちろん他社の教材は、どれも工夫がこらされた優れたものですが、eboardでは「学習の効率化」だけを目指すことはしない、と決めています。10分かけて解けていた単元を5分で解けるようにすることにも意味は大いにありますが、私たちは10分かかることにもとても価値があると思っているんです。なので「こうすれば早くなるよ」「次にこれをしよう」といった提示はしないようにしています。

――学習のプロセスそのものを大事にしたい、と。

学習プロセスの総体からアウトプットされるものは、ごくわずかだと思います。プロセスの中に考えたり、選択したり、振り返ったりということがたくさん潜んでいて、そこにアプローチできる先生のお手伝いをしたいんです。eboardができることは小さくて、あくまでも学びの場を持続させるためのサポートであり、eboardに任せきりということは想定していません。

教材作りだけでなく、教育支援センターや放課後デイサービス、特別支援学校への働きかけやサポートを今以上に広げていくことで、学びの場からこぼれる子どもをゼロに近づける。eboardの役割はそこに尽きると思っています。

お知らせ

eboardではソーシャル・ウェア・ブランドJAMMINとのコラボレーションで、7月25日(日)までチャリティTシャツの販売を行っています。Tシャツ1枚の購入につき、700円がeboardの活動に寄付されます。2種類のデザインTシャツと、トートバックやパーカーなどのグッズも販売中です。

また、コラボレーション期間中にJAMMINに掲載されるeboardについての記事をFacebookやTwitterでシェアすると、1シェアにつき10円の寄付がeboardへ送られます。

https://jammin.co.jp/charity_list/210719-eboard/

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