わかりにくくなった敵、政治的対立のエンタメ化の先を描く韓国映画 西森路代×ハン・トンヒョン

文=wezzy編集部
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敵なき時代の歴史的事件の扱い方~『KCIA 南山の部長たち』について

ハン この間、ふたりとも観ている映画ってことでは、『KCIA 南山の部長たち』(2019年 ウ・ミンホ監督 韓国 ※以下『KCIA』)がありますね。

西森 ですね。『KCIA』は、同じ監督の『インサイダーズ 内部者たち』(2015年 ウ・ミンホ監督 韓国 ※以下『インサイダーズ』)から何年か経って、この本の最後に書いたように、描くものが『秘密の森』(シーズン1 2017年、シーズン2 2020年。ともに脚本:イ・スヨン tvN 韓国 ※テレビドラマ)のように、変わったというか。

ハン 1と2の変化? うんうん。

西森 敵が変わってきた、っていうようなものをちょっと感じました。

ハン 私は、そこもあるんだけど、『KCIA』を観て思ったのは、本の中では敵が見えにくくなったとか、わかりにくくなったとか言っていたんですけど、この作品については、もうちょっと具体的な対象としての「敵の消失」っていうのがあるなぁと思って。敵がいなくなった、ということ。

西森 消失なんですね。

ハン 『愛の不時着』(2019~2020年 脚本:パク・ジウン tvN)もそうなんですよね。結局、北朝鮮がもはや敵ではないというか。もちろん、未だに朝鮮戦争は休戦状態だし軍事的に対立してはいるんだけど、緊張緩和で仲良くなったというよりも、韓国にとってもはや大した敵じゃなくなった、というか。前に朝日新聞のインタビューでもう少し丁寧に話したんですけど、やはりあんなものを作れちゃうというのは、もはや敵じゃない、つまり敵がいなくなったからで。で、『KCIA』もそこは同じだな、って実は思って。あれってちょっと評価が難しい事件なんですよね、朴正煕(パク・チョンヒ)の暗殺をどうみなすかっていうのは……。

西森 英雄視することとか。

ハン うん、英雄視することでもなく……。

西森 悲しむということでも?

ハン うん、悲しむべきことでもなく。なんていうか、ちょっと前だと、評価が難しいああいう事件を、どちらの立場でもなく描くというのは結構難しいことで。

西森 そうですよね。ふつうどっちかになりますよね。

ハン うん、そうなると、何か大きなものを利することになったり……。

西森 すごく悪い人にして、殺すべき人だった、みたいなふうに、はっきりしたことになりそうですもんね。

ハン でもなんか、『KCIA』って、逆にちっちゃい話として描いてるじゃないですか。

西森 そうですね、個人的な愛憎というか。

ハン そうそうそう、愛憎みたいな。だからむしろ、前に話したような『不汗党』(邦題『名もなき野良犬の輪舞』(2017年 ビョン・ヒョンソン監督 韓国))的なというか、ああいうフォーマットで。あるいは、『新しき世界』(2013年 パク・フンジョン監督 韓国)以降の、でもいいけど、ああいうブロマンス。完全にブロマンスっていうフォーマットで、こんな政治的な事件を扱っちゃっているという。

西森 そうですよね、実在の人のことなのに(笑)。

ハン うん、それで政治的な評価はしないという。そこはすごく『愛の不時着』と似てるな、っていうのがあって。

西森 ああ。

ハン これはもはや、敵というか……、もちろん南北分断は今でもあるけれども、もはやそれが消えたんだな、っていうのがすごくあります。『愛の不時着』でも思っていたんだけど、『KCIA』観てものすごくそう思って。それはこの本では言ってなかったことです。

西森 まだ観てなかったんじゃないですかね。

ハン うん、観てなかった。『KCIA』はまだ観てなかったし、本の中で話していた敵の見えなさ、わからなさとか、大きな物語から小さな物語へ、っていうのもそうだし、韓国もポストモダンになったんだよ、的なものとは、またちょっと別なんです。重なるけれども、ちょっと別で。政治的な、イデオロギーの、先鋭的な対立みたいなものが、もはや、真ん中にはこないというか……。いや、(対立は)あるんですけどね。ここはすごく難しいところで、なくなったわけではないんだけど、お話を作る時のドラマツルギーとして、もはや敵がいなくて、こういうものが作れちゃうんだと。

西森 あの時には……ブラックビーナス……?

ハン 『工作』(2018年 ユン・ジョンビン監督 韓国)ですね。

西森 はい、あの時にも多少そういう感じがありましたけど、なんか違いますよね。

ハン 全然違う。あれは、もうちょっと「南北」なんですよ。

西森 そうですよね。

ハン あれは『鋼鉄の雨』(2017年 ヤン・ウソク監督 韓国)みたいに、南北が融和するのがよいことだ、っていうようなのがあって。『KCIA』はもちろん、南北の話ではないんだけど、完全に、ブロマンス作るためのネタとしてKCIAを使ってるというか。ちょっと極端な言い方ですが、わりとそういう匂いを感じて。私、劇場に行って2回観たんですけど、冷静に、結構びっくりしました。

西森 私は『KCIA』を観た後すぐには、割とあの前後に起こった、『弁護人』(2017年 ヤン・ウソク監督 韓国)とか『1987、ある闘いの真実』(2017年 チャン・ジュナン監督 韓国)なんかの流れの中の作品がまたひとつできたんだな、と思ったんですが……。

ハン でも、違くない?

西森 うん、そうそう。それは最初の感想で。

ハン 最初はそう思って観たの?

西森 私は歴史のことなんかは映画から観たことくらいしか知らないから、この辺はこういうことだったんだな、っていうのは知識としては入ってきたんだけど、よく考えるとそういう映画じゃねえな、って思って。

ハン うん、なんかテイストが違う感じがして。こういうのって具体的に何がっていうのが言えないんだけど、なんかやはり2020年の映画な感じが凄くして。『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年 チャン・フン監督 韓国)とかの、民主化の時のことをエンターテインメントにするっていう流れの先にあるようで、違うというか。

西森 別の流れというか。

ハン うん。というか、流れが行き着いたのがここっていうか。こういうネタでもうあまり作れないんじゃないかな、とか、「この話を映画にするの?」って思って観に行ったら、やっぱりこういうことだからこう作れたんだ、っていうことをすごく思いました。

西森 それから言うと、話がもうちょっと表層的なことになっちゃうんだけど、『インサイダーズ』の時に『KCIA』を作ってたら……『インサイダーズ』って、悪い人はものすごく悪い人だったじゃないですか。

ハン 『KCIA』だと、キム・ジェギュ、イ・ビョンホンが演じた人ですけど、彼をいい人にするのか、悪い人にするのかっていうのは、おそらくものすごく難しいことで。この映画の中ではいい人でも悪い人でもないんだけど、そういうふうにキム・ジェギュを描くのは……、当時はできなかったんじゃないかと思うのね。

西森 今だからできたと?

ハン 私もそこまで韓国現代史に精通してるわけじゃないけど、そう感じた、ということです。それが、敵の消失。しかし、ちっちゃい男だよね。

西森 うん、なかなかなかったですよね。『インサイダーズ』だと、イ・ビョンホンが演じた主人公は、嫌なことがあった場合、知恵を付けて、考えて考えてそれに打ち勝つっていう、なんて言ったらいいか、いろんなものを取り入れて勝つ、っていうような話じゃないですか。その頃はそういう話が主流だし、そこに希望があったと思うので。でも、全然そうじゃないから。だから、同じ監督が同じ俳優で作ったのにしてはもの凄くがらっと変わってるな、と思ったんです。だからその、『弁護人』とかから始まったあの流れにいったん区切りがついたような感じはしますよね。

ハン うん、本の中でも言ってるけど、振り返る映画の、ああいうふうに振り返るのが終わったっていうか。

西森 次の段階に入りましたよね。

ハン そういう感じがすごくしました。だからそこは、そういう流れを裏付けたというか、『KCIA』を観て、うわって思いました。

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