「結婚の権利は同性カップルにも開かれるべき」「コロナ禍での飲食店一律時短命令は、憲法上の営業の自由の侵害ではないか」「性風俗業者をコロナ給付の対象から除外するのは憲法違反ではないか」……。
近年、理不尽な制度や政策に対して声をあげ、司法の場でよりよい社会の在り方を問おうとする「公共訴訟」が社会の注目を浴びている。
たとえば、2021年3月判決の同性婚訴訟では「同性婚を認めないのは憲法24条の法の下の平等に反する」という判決が札幌地方裁判所で下された。当判決は今後の法改正や、国会での議論を進める際の論拠の一つとなる。
「教師の勤務時間外の仕事は労働に該当するか」を争点とした埼玉教員超勤訴訟も、公共訴訟のひとつだ。
100時間超えの残業。大量の持ち帰り仕事。土日をつぶしての部活動の指導……。あまりの超過勤務に心身を壊す人も多い公立学校教員。しかも、教員には残業代が支払われない。教職員給与特別措置法(給特法)に基づき、給与月額の4%相当が「教職調整額」として支給されるが、それ以外の手当てはない。公立学校教員が「定額働かせ放題」とささやかれる所以だ。
埼玉県の公立小学校教諭(現在は再任用教師)だった田中まさおさん(仮名)は、「教師になりたいという若者に、今の労働環境を手渡してはいけない」という思いから、2018年に行政を相手取り、訴訟を起こした。
田中さんは約40年間教師として働き、学校の労働環境の変化を肌で感じてきた。地域や国からの要請で業務量は増える一方。しかし、現場の職員の裁量は縮小していき、要請を検討する余裕も与えられないまま、長時間労働を受け入れざるを得ない。
これでは子どもたちと向き合う時間が取れないし、教員自身の生活も守られない。田中さんは「労働基準法32条違反ではないか」と主張し、埼玉県を相手に、時間外労働分の残業代242万円の支払いを求めている。
裁判に踏み切ったのは、自身の残業代の請求のためではない。「裁判を通じて教育現場の現状を知ってほしい」という問題提起のため。そして「自分たちの世代が長時間労働に歯止めをかけなければいけない」という課題解決のためだ。
最高裁まで争う覚悟で始めた裁判は、9月17日に最初の判決が埼玉地方裁判所で下される。
訴訟を支えるプラットフォーム「CALL4」
国や行政を相手取っての訴訟は金銭面でも精神面でも負担が大きい。また、一個人が自身の訴訟の社会的意義を社会に問おうとしても、なかなか広める術がない。
同訴訟では、現状の解決方法の一つとして、公共訴訟支援プラットフォーム「CALL4」を利用している。
「CALL4」は2019年9月に始動した「社会課題の解決を目指す訴訟」の支援に特化したウェブプラットフォームだ。
訴訟費用支援のクラウドファンディング機能、訴訟の詳細を伝えるメディア機能、訴状や意見書、判決文など訴訟資料の公開及びアーカイブ化など、さまざまな機能を備えている。冒頭で取り上げた同性婚訴訟も「CALL4」を利用している。
公共訴訟という言葉を積極的に使い始めたのも「CALL4」で、単なるクラウドファンディングサイトではなく、司法を社会に開くことで、よりよい社会を目指すことを目的としている。
「CALL4」副代表の丸山央里絵さんに、「CALL4」の解説を交え、「公共訴訟の役割」について話を伺った。

丸山央里絵
CALL4副代表。株式会社リクルートにて「ゼクシィ」の雑誌やWeb・アプリの編集長を務め、2018年に独立。2019年5月よりCALL4に参画。主にクリエイティブディレクションや記事編集・執筆を行う。
──公共訴訟支援のプラットフォームは日本初です。どのような動機で立ち上がったのでしょうか。
「CALL4」代表の谷口太規さんと副代表の井桁大介さんは二人とも弁護士で、自身も公共訴訟を担当しています。その経験を踏まえ、「公共訴訟を支援するプラットフォームがあったほうがいいのではないか」といった構想がもともとありました。
日本では司法が市民にとってあまり身近ではありません。裁判に対しても、事故を起こした時や相続で問題があった時などのイメージが強く、できれば関わりたくないという人が少なくない。
ですが、実は、社会の中にある「これはおかしいんじゃないか」「変えるべきではないか」と思うことを社会に問い直し、変えることができる訴訟がある。そうした公共訴訟を支える仕組みを作ろうということで立ち上がりました。
幅広い共感を集める埼玉教員超勤訴訟

©︎CALL4/撮影:神宮巨樹
──埼玉教員超勤訴訟を「CALL4」で扱うことになったのはどのようなきっかけがあったのですか。
田中先生はもともと訴訟を自分の最後の仕事と考えていて、「まわりを巻き込むつもりはない」との思いで訴訟を進めていたのだそうです。ですが、教員を目指す学生さんたちが裁判を傍聴して「先生を一人にしちゃいけない」と思うようになり、大学生を中心に支援事務局を立ち上げたんです。そこが「CALL4」を紹介してくださった。
その時点で訴訟がかなり進んでいて、「ひょっとして“教員の時間外労働は労働基準法32条に違反する”という判決が下るんじゃないか」という期待が高まっていました。そこで、この問題をより広く社会に問いかけるために、「CALL4」のメディア機能を活用したい。また、訴訟費用が集まることによって裁判でさまざまな材料を集められるということで、今回クラウドファンディング機能も利用してくださっています。
──この訴訟に対する反響はいかがでしょうか。
今、教員の労働環境はかなり話題になっています。最近だと「#教師のバトン」騒動をご存知の方も多いかもしれません。「#教師のバトン」は、文部科学省が学校の労働環境改善の提案や仕事のすばらしさを共有するために提案したハッシュタグですが、結果的に現在の労働環境に対する悲痛な声が集まり、ニュースにまでなりました。
そうした関心の高まりもあり、教育関係者だけでなく、子育て中の方や、友人や家族が教員という方も支援してくださっています。
また、仕事に夢ややりがいを持って取り組もうとした人たちが、非人間的な労働環境に耐えきれず辞めざるを得なくなる。それは本当に残念なことですし、たとえ公務員でなくとも、誰もが同じ境遇に陥ることはあり得る。そういう意味では、誰にとっても身近な問題として受け止められているのではと思います。
担当弁護士の一人、若生直樹さんは労働事件を多く手がけてきた方で、この訴訟に非常に強い問題意識を持って取り組まれています。
──弁護士さんといえば、「CALL4」代表の谷口さんは、公共訴訟を語る動画で「公共訴訟で弁護士は儲からない。むしろ持ち出し」という話をされていました。そうした状況の改善も目指して「CALL4」を立ち上げたとか。その話とも労働環境改善という意味でつながるように思います。
そうですね。公共訴訟は特に弱い立場に置かれた個人が原告であることが多く、国を相手取るだけの証拠を集めるのが金銭的に難しいのが現実です。そこで、弁護士が自分の費用を後回しにするなど、使命感から半ば自己犠牲の精神で担当していることも多い。でも、そうなるとますます公共訴訟は「限られた人だけが参加するもの」になってしまう。弁護士側も持続可能な環境にしていくことが大切です。
──公共訴訟は原告側の負担がとても大きい。「CALL4」では、それをサポートするための仕組みが細かに設計されています。最大の特徴は裁判費用のクラウドファンディングですね。裁判費用のクラウドファンディングはほかにも例がありますが、手数料ゼロというのは唯一では。
公共訴訟は「短くて3年、長くて10年」と言われ、その間に大きな費用負担が生じます。基本の弁護士費用や事務費用のほかに、意見書や鑑定、事実調査費用などがかさみます。意見書は場合によっては、専門家の実験費用も含め100万円かかることもある。CALL4は非営利団体なので、システム決済使用料はいただきますが、中間手数料なしで利用することができます。

©︎CALL4/「最後の仕事」(一部抜粋):ワダシノブ
──訴訟に至るまでの背景を詳しく取材した記事を掲載していますね。
メディア機能は最初から重視していました。新聞やテレビの報道ではどうしても提訴か判決を中心にした報道になりがちで、原告の方の背景や思いを伝える機会が限られる。
私、裁判傍聴に行って原告の意見陳述を聞くたびに毎回泣きそうになるんですよ。皆さん、「どうして訴訟を起こしたのか」「それが社会にとってどういう意味があるのか」を裁判長に面と向かって述べている。そういう声は本当に心に響くものだから、みんなにもっと聞いてほしい。その上で共感する人たちが連帯すれば、大きなうねりになるんじゃないかという思いがあります。原告ご本人や関係者を取材するインタビュー記事の「ストーリー」は非常に大事にしているものの一つですね。
──記事からは原告の方の自然な表情や、細かな思いが伝わってきて、ニュース映像より原告の方々を身近に感じることができます。皆さんが、私たちと同じ一人の市民であり、日常の中から生まれた怒りや疑問が訴訟につながっているということがよくわかる。マンガや動画など、伝え方も幅広いですね。
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