ホン・サンスは本当に社会性・政治性を反映していない監督なのか? 西森路代×ハン・トンヒョン

文=wezzy編集部
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ズームアップ、とぼけた味、噛み合わない会話……ホン・サンス作品の魅力

西森 『逃げた女』の話になるんですけど、この映画って、キム・ミニ演じるガミが3人の女性のところに行く話しなんですが、その3人のところを訪れる間に必ず山のズームアップがあるのはめっちゃ面白くないですか(笑)? なぜこんなに山を……(笑)。

ハン 山だよね(笑)。

西森 毎回毎回山をズームアップするんですよ、どこかから。なんかそれが、どういう意味なんだろうなって思って(笑)。

ハン たぶんあんまり意味はないと思う。

西森 え、でもちょっと意味があると思うんですよ。あんなに毎回ズームアップするんですよ。いろんな周辺の町から、真ん中にある山をいろんなところからズームアップするというのは……。

ハン 3つのパートを結びつけるのりしろみたいな効果とか、そういう気がするけど。みんな疲れて逃げてるっていうことかな? 都会から(笑)。

西森 私は山って、エピソードとしてしか出てこない男性みたいだなと思って。それってガミの夫かもしれないし、なにか彼女たちをつなぐ存在としての不在の男性と山が重なってるのかなと思うと、なんかそのズームされる妙な山の存在感の滑稽さが際立ってしまって笑えるというか。

ハン なるほど……。どうですかね? 皆さん観て、判断してみてください。

西森 でもほんと笑えるんですよ、その山が。

ハン でも基本的にさ、ホン・サンスのズームって笑えるじゃん? 映画祭とかで評価されてるし、ホン・サンスの映画って、気取った映画だと思われてるじゃないですか、割と。すごく映画好きとか、映画マニアの人が凄い、凄いって言ってて。何が起きているのかよくわかんないけど、すげえっていう風に言われている系の映画じゃない?

西森 そうなんですよね。

ハン なんかあのズームって、そうじゃないよ、って言ってくれている感じというか。笑っていいんだよ、っていうか。

西森 わかります。別に映像自体がおしゃれな感じとかでもないんですよね。ズームがそれを物語っていて。

ハン うん、私、あのズームにすごく愛を感じるんですよね。ほっとするというか。難しく観ないでいいよ、と言ってくれているような。あのズーム、超ラブです。ホン・サンスのズーム大好きです。

西森 私は初めて観た(ホン・サンス作品)のが『3人のアンヌ』だったので、けっこう気取った映画っていうイメージを持たずに済みました。

ハン あれもめちゃくちゃ面白いですよね。

西森 なんかずっと笑ってたんですよね、ずっとすっとぼけてて。

ハン とぼけてて、コントみたいですよね。この時期の作品、全部コントみたいだったような。2010年の『ハハハ』とか。

西森 『逃げた女』も暗い感じにはなってくるけど、笑えるところは笑える。

ハン うん、そうですね。

西森 だから『自由が丘で』も、ずっと面白かったですね。モリが、宿の主人の身内で宿に住まわせてもらってる男性が昼過ぎに朝食を出してもらってることを「ズルい!」って文句を言ったりもしてて、笑えるんですよね。だってあんな文句言ったら、居づらくなっちゃうじゃないですか、宿に。しかも、本人が食べてるところで。でも、思ったことは言っちゃう。

ハン うん、そのやり取りの最中、ずっと本人の背中が見えてますよね。俺がいるところでそんな話するなって彼は言ってましたけど。

西森 その後、モリも「食べる?」ってユン・ヨジョンさん演じる主人にも気を使われてて。

ハン その後、その男性とも仲良く飲みに行ってましたしね。でもだから、日韓関係って言うとちょっと重くなっちゃうかもしれないけど、異文化コミュニケーションってあんな感じでいいんだよ、っていうか。

西森 全部が全部、相手に気を使いまくらなくてもいいんだっていうか。本心じゃなかったら、そっちのほうが気持ち悪いよっていう。

ハン そんなにうまくない英語でもいいし。私、2014年の公開当時、雑誌にこの映画の短いレビューを書いたんですけど、まあそんなこととともに、今この国にはこういう映画が必要って書いたら、編集に「この国ってどういうことですか?」って指摘されて若干険悪な感じになったんだけど、そういう空気も含め、日韓関係や嫌韓みたいなものも念頭に起きつつ、西森さんがさっき言ったことと近いというか、みんな、加瀬亮みたいな感じでいいんじゃない?というか。そういうのが必要というか。

西森 うん、割と好きに何か言って、それを引きずらない感じがいいですよね。そうありたい。

ハン 人の記憶なんて断片的なものなので。とはいえ個人と個人ではなく国と国だと忘れちゃいけないことはあるけどね。

西森 でもそれって、この国で生きているとすごく難しくて。私、ハンさんと『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』を作ってみて、やっぱり食い違う意見があるときも、それを率直に言い合うっていうのは、私たちにはできたけれど、相手によってはものすごく難しいことだなと思って。食い違うことを言い合って険悪にならないっていうのはホントに難しくて……。会場の皆さん、めっちゃうなずいているけど(笑)。この本の中にも会議のことも出てきますけど。流れと逆のことを言うと、「その意見の持ち主を悪く言ってるみたいになるからやめましょう」って空気になっちゃうから。だから本当に難しいんだけど、それ故にホン・サンスのこの映画とか観ていると、そんなに難しいことじゃないんじゃないの、って思えるからいいですよね。

ハン そうそうそう。すごく元気出ます。私昨日、具合悪かったんですけど、今日久しぶりに見て元気になりました。

西森 うん、でも、具合悪くなるとか、空気悪くなるとかっていうことに、そういうのって、思ってることを言えない空気とすごく関係してると思うんですよ。思ってることを言えないけど、変に気を回したり、でも、それがバレているから、向こうも無駄に気を使ったり。そういうことがエネルギーを食ってると思うし。今の社会をみても、組織が失敗するのも、まわりまわって関係あると思うんですよ。

ハン 『自由が丘で』って、今こそ公開したらいい映画なのかも。

西森 そうかもしれないですね。結局、私たちの本とホン・サンスの共通点は、噛み合わない会話は……噛み合わないとまでは言わないですが、違うこと言ってる会話でも、違うままでも続けた方がいい、っていうことかと思うんですよ。

ハン なるほど。

西森 違ってもいいんですよっていうか、だって『逃げた女』だって、全然噛み合ってないんですよ。噛み合うことだけが会話じゃないって思える。

ハン うん、それはちょっとわかる気がするな。だって『自由が丘で』の登場人物たち、みんな楽しそうだったと思いませんか? 噛み合ってないのに。

西森 そう、噛み合ってないのに。

ハン 噛み合ってないし、お互い好きかどうかもわからないという(笑)。なんとなくそこに居て。なんか、お酒飲んでればいいというか。まあお酒でいいのかってのはちょっと別の問題もあるかもしれないけど。

西森 時々ケンカもしながら。この映画で、モリが泊まってる宿に住んでる男性、朝食を食べてて文句言われてたサンウォンと、彼の友人の白人男性と三人で居酒屋で酒を飲んでるシーンがあるんですけど、その白人の男性が何度かグラスを持って自分で飲もうとしてるのか、もしくは乾杯しようとしてる感じなんだけど、3人のタイミングが合わないみたいなこともすごく面白くて。別にタイミングが合うことだけじゃないんだよ、っていう気がしてます。

ハン してます。私たちの会話もこう、断片的なというか……(笑)。

西森 最近は、テレビでも、事前にアンケートとって予定調和でやる話とかは見ててつまんなくなってきたし。偶発性とかなにがおこるかわからないほうがいいなって思うんですよね。

ハン ホン・サンスもそういう監督ですからね。人が一緒に居ることでなにがおこるかっていうことなんですよね、おそらく。最近はさらに省略されてミニマムになってきているように思うし、今日話したような部分も、意図的なのかどうかわからないけど、でもまあとりあえずそこが面白い、とは思っています。

(2021年5月15日 川崎市アートセンターにて)
(構成/西森路代)

※イベント当日(2021年5月15日)の書き起こしを元に、西森さん、ハンさんが加筆・修正等を加えたものを掲載しています。

『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』
四六判/並製 284ページ
ISBN 978-4-909646-37-8
定価(税込み) 1,870円(税込)

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