「モテ」から脱却した美容業界の新たな懸念とは 長田杏奈さんインタビュー

文=雪代すみれ
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Getty Imagesより

 一昔前までメイクは基本的に女性がするものであり、美容においては「モテ」という言葉が、ファッション誌、テレビ番組、広告……など至る所で当たり前のように見られました。しかし最近では、誰かから好かれるための美容ではなく、“自分を大切にする”という概念がプッシュされたり、男性がメイクをするようになったりと変化が見られます。

 ここ数年の美容業界の変化や、脅迫的な美容から脱出するために必要なことについて、美容ライターの長田杏奈さんに話を聞きました。

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長田杏奈
1977年神奈川県生まれ。ライター。雑誌やwebで美容記事やインタビューを手がける。著書に『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)、責任編集に『エトセトラ VOL.3』(エトセトラブックス)。

「ルッキズムや性差別に染まらないこと」と「体毛を剃る」ことの整合性

——ここ数年の美容業界についてどのような変化を感じますか。

 海外のダイバーシティ&インクルージョンの潮流がいよいよ日本にも到来したと実感したのは、2017年にシンガーソングライターのリアーナが立ち上げた化粧品ブランド「フェンティ・ビューティ」が40色のファンデーションを展開した影響を受けて、一部の日本のコスメブランドが、ベースメイクの色展開を増やしたあたりからです。

 SNSの影響などもあり、世界で“カッコいい”とされている価値観が入って来やすくなったと思います。

 2019年に『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)を書いたときには、若さに価値を置く「アンチエイジング」や、不特定の男性の好みとされる像に合わせて容姿を整える、いわゆる「モテ」概念などがメインストリームとしてあり、違和感を感じていました。この時は、カウンターとして「自分を大切にする美容」や「セルフケアとしての美容」について書いていました。

 ですが、最近は女性ファッション誌やビューティー誌の表紙にある言葉も「ご自愛」「ありのままの自分」など、オシャレや美容は自分のためという方向にシフトしてきています。昨年からは新型コロナの影響で家で過ごす時間が増えたからか、美容だけでなくライフスタイルとしても「自分を大切にする」という概念が重視されるようになりました。

 雑誌やwebメディアの企画の立て方を見ていると、「モテ」という概念が「今っぽくない」という認識が行きわたっているようです。私が関わったある雑誌の企画に「モテ」という言葉が含まれていたときには、担当者さんからわざわざ「これは『自分モテ』って意味です」と説明されたり、今では「モテ」という概念が恥ずかしいような感覚があるようにも感じます。

 グローバルな変化に影響を受けて、国内ブランドも広告などのコピーを変えています。代表的なのは花王が「美白」という言葉を使わなくなったことです。花王は化粧品部門ですと、カネボウ化粧品を吸収した国内では大きな企業ですよね。そういった大企業が「美白」という表現をやめたことは、大きな変化だと感じています。花王がやめたならうちもやめようと、後に続く企業やメディアも多いのではないでしょうか。

——脱毛も賛否が分かれる分野ですが、ここ数年で変化はありましたか。

 二極化していると感じます。ボディポジティブやフェミニズムの文脈では、毛を剃らない選択肢があることが明示されたり、脇毛を伸ばしたり染めてみたりする人がいたり、貝印が「ムダかどうかは、自分で決める」と広告を打つなど、「伸ばしてもいい」「あえて生やす」というスタイルが肯定的な文脈で語られるようになってきました。

 一方で、巣ごもり需要とともに家庭用脱毛器の売り上げが急上昇していますし、新型コロナの影響で広告に使える予算が減っている企業もあるなか、東京では電車に乗れば脱毛広告が必ずといっていいほど掲示してあります。つまり、脱毛業界では広告に費用をかけられるだけの利益が出ているということですよね。

——特に最近はVIO脱毛がプッシュされている気がします。

 20代に話を聞くと、VIO脱毛をしていること自体珍しくなく「身だしなみ」という感覚になっているようです。「全身脱毛プランに含まれていたから、なんとなく」みたいな声も聞きます。一方で、40代以降では、VIO脱毛に対しては「性的に奔放」という偏見が根強くあり、2015年~2016年頃にVIO脱毛が話題になり始めたときには「そこまでやるんだ!?」と面白がるような反応が多かったものです。最近は「陰毛が白髪になる前に済ませよう」みたいな同世代も多いです。

 個人的には、「将来の介護のためにVIO脱毛をする」という潮流には疑問があります。脱毛は安いとは言えない費用がかかるうえ、それなりに痛みもあります。介護される歳まで生きているのかも不明なのに、主に女性ばかりが「将来人に迷惑をかけないために今の自分を加工する」という考え方にも共感できません。

 ちなみに、隠毛には、デリケートゾーンを摩擦や乾燥や冷えから守る役割があります。だからこそ、蒸れや熱がこもるのが嫌だという人もいるだろうし、経血などがついて不潔に感じるから嫌だという人もいますね。

 必要があって生えている毛ではあるので、「デメリットがある」と脅しをかける文脈ではなく、「そうしたいから」とか「つるつるの方が気持ちがいいから」とか、自分本位で選択できるように変化してほしいですね。

——周りの話を聞いていると、他人の毛は気にならないし「毛は剃るべき」という考えからは脱却したいが、自分に生えている毛は気になってしまうといった悩みを持っている人も少なくないようです。

 そうした悩みは、イベントに登壇した時のQ & Aコーナーですごく多く寄せられます。私は、「自分に毛があるのが気になるならば、ストイックにイデオロギーを当てはめず、日々の心地良さを優先してもいいのでは」と考えていて、それも自分を大切にするひとつのあり方ではないかなと思います。

 「人のことをジャッジはしないけれども、自分の毛が気になる」というのは、毛が生えている自分が嫌なのか、毛を生やしていることで、誰かに見咎められたり何か言われたりするのが面倒なのかによっても話が違ってきますよね。後者の場合、「人の外見について無闇に意見しない」という社会の共通認識の不足が原因で、個人の選択が狭まっているのは問題です。

 今はまだ「女性が人目につくパーツの体毛を生やしたままにする」という行為は、「メッセージ性のある運動」として行われる側面が多いように見受けられます。本来放っておいたら生えてくる自然なものなのに、生やしている人の方が少数派な現状だと、処理しないことがメッセージになる。女性の体に向けられた規範の根強さを感じます。

——大手化粧品企業や女性誌の世界は変わりつつありますが、一方で、旧来の「モテ」を意識しながらオシャレをしたりメイクをすることも、選択肢のひとつではありますよね。

 そうですね。私自身は美容そのものが好きだからやっていることなので、「モテたいんでしょ」と決めつけられるとカチンとくるものの、モテたいために美容に力を入れるがいること自体は個人の選択。こと女性の置かれた社会状況を踏まえると、ある意味仕方がないことだとも思っています。

 日本の男女間賃金格差はOECD加盟国の中でも大きく、現状、生涯賃金を考慮すると女性一人で生きていくのは経済的に不安定な面もある。ベーシックインカムや平等な収入や雇用の機会が整っているならばまだしも、女性一人の収入で生きることのモデルが見えづらい社会で、愛されるために異性にアピールをすることを、一方的に馬鹿にはできないです。

 就活や婚活など、ライフプランの選択の場面で美容を取り入れて立ち回らないといけないことは切ないことですが、その渦中にいる人を責めることはできません。「やめろ」の矛先は好印象を与えたりモテようとしたりしている女性ではなく、「マナー」や「モテ」の恐怖心を煽っている企業や、婚活市場において選ぶ側だと思っている人、社会的な不均衡に向けられるべきではないでしょうか。

 一方、「イタい」はすぐになくせる概念だと思います。「イタい」は「こういうものが普通であって、それから外れることは浮いてしまう、恥ずかしい」という意味で使われますが、そういう「普通や常識から外れてはいけない」という考えは変わってきていると思います。この話が通じる年代と通じない年代があるのですが、私の周りにそういった葛藤を抱えている人は減ってきていますし、「○○だとイタい」みたいな発信も減っていると感じます。

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