楽しげにボーリングをする二人の若者・ラマザンとオザン。二人は幼少期にトルコから親に連れられて日本にやってきたクルド人だ。日本で教育を受け、日本語で話す二人の姿は一見どこにでもいるような若者たちのようだ。
しかし、二人はトルコでのクルド人に対する差別や迫害を逃れ、家族とともに日本に難民認定を求めてやってきた「難民申請者」。日本国籍を持たない人が日本で生活するには出入国在留管理庁(入管)がさまざまな条件に応じて付与する在留資格が必要だが、彼らは難民として認められておらず、「仮放免」という立場で日本にいる。
映画『東京クルド』は、その「仮放免」という制度が未来のある若者にとっていかに過酷であるかを描き出している。2015年から5年にわたる取材を経てようやく完成し、緊急公開となった今、監督の日向史有さんにお話を伺った。
日向史有(ひゅうが・ふみあり)
1980年東京都生まれ。2006年、ドキュメンタリージャパンに入社。東部紛争下のウクライナで徴兵制度に葛藤する若者たちを追った「銃は取るべきか」(16・NHK BS1)や在日シリア人難民の家族を1年間記録した「となりのシリア人」(16・日本テレビ)を制作。本作『東京クルド』(21)の短編版『TOKYO KURDS/東京クルド』(17・20分)で、Hot Docsカナダ国際ドキュメンタリー映画祭(18)の正式招待作品に選出。テレビ版「TOKYO KURDS/東京クルド」(18・テレビ朝日・30分)は、ギャラクシー賞(18)選奨、ATP賞テレビグランプリ(18)奨励賞。近作に、「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」(21・BS12)。
「ISと戦いたい」と言うクルド人の若者たち
ふだんは制作会社ドキュメンタリージャパンのディレクターとしてテレビドキュメンタリーを制作している日向さんが難民に興味をもったのは2015年頃の欧州難民危機だったという。日本にいる難民や難民申請者を取材するうちに、クルド人のコミュニティとなっている日本クルド文化協会に行きつく。そこから映画を撮るまでにはどのような経緯があったのだろうか。
「日本クルド文化協会で出会った若い人たちと話していると、『IS(イスラム国)に抗戦したい』という子がすごくいたんです。その言葉がショックというか衝撃で。トルコで少数民族として迫害されて日本に逃れてきたにもかかわらず、僕自身は平和だと思っている日本からシリアやイラクといった戦場に身を投じたいと言っている。お父さんたちは迫害を受けて逃げてきて、『日本でどんなに辛くても生きていくんだ』という覚悟を持った人が多いですけど、何がそんなことを言わせるほどこの子たちを追い詰めてしまったんだろう、と思ったのがきっかけでした」
なぜクルド人の若者は「ISと戦いたい」と言うのだろう。
「取材を始めた2015年当時はISがシリア紛争の混乱を機に台頭し、世界各国との戦いが激化していて、クルド人の住んでいる村も襲撃されていました。そのとき最前線で戦っているのがクルド人だったんですよね。クルド人は国を持たず、主にトルコ、イラン、イラク、シリアのクルディスタンと呼ばれる山岳部に住んでいる少数民族です。各国ではそれぞれ、クルド語の使用を禁じられたり国籍が与えられなかったり、ずっと迫害されてきて、これまで歴史の表舞台に登場することがなかったんです。
だけど、クルド人がISと戦っている間は、世界がクルド人を認めたというか評価した。今まで歴史の陰に追いやられたクルド人が英雄として光を浴びて、そこに憧れる若者たちがものすごく多くて。日本に暮らすクルドの子も例外ではありませんでした」
映画の中でもオザンさんはISと戦うクルド兵の映像を見て、日本で身動きがとれない自分を自責し、彼らに憧れを抱くシーンもあった。
ラマザンさん、オザンさんにフォーカスすることになったのはどうしてなのだろうか。
「オザンは日本クルド文化協会に紹介していただいた若者でした。ラマザンは、2015年にトルコの総選挙があったときに出会いました。日本でもトルコ共和国大使館で投票ができたのですが、そこでトルコ人とクルド人の乱闘が起きました。その際に記者会見でラマザンが多くの日本のメディア関係者に囲まれた中で、毅然と自分の考えを主張している姿がかっこいいと純粋に思って、撮らせてもらいたいと思いました」
映画では、YPG(クルド人民防衛隊/ISと戦っているクルド人の組織)の旗を掲げていたから乱闘が起きたのではないか、と言わんばかりのメディアの質問に対して、ラマザンさんが、旗は関係ない、クルド人というだけで差別にあっているとはっきり言う姿があった。それは確かに印象に残るシーンだった。
若い人から将来を奪っていく仮放免
クルド語、トルコ語、日本語が話せるラマザンさんには、英語もマスターして通訳になりたいという夢がある。また、解体の仕事をしているオザンさんは他の仕事をしたいとタレント事務所の門を叩く。しかし、いずれも「仮放免」という立場のせいでその夢は断たれる。
仮放免というのは、在留資格のない外国人が、入管施設での収容を一時的に解かれた状態を指す。難民申請をして許可が下りなくても仮放免の間は収容されずに生活できる。しかし、基本的には就労は禁止で、健康保険にも入れず、生活保護の申請もできない。また、定期的に入管に出向いて仮放免許可の期間を延長する申請をしなければならない。
取材する中で日向監督は仮放免のどういう部分が問題と考え、当事者にとって大変だと感じたのか。
「仮放免という立場を理由に夢が断たれる瞬間が何度もあって、それは見ていてきつかったですよね
『教育を受ける権利っていうのはどんな立場であってもある』とラマザンが言うように、在留資格があろうと仮放免という立場であろうと関係ない。学校側が仮放免について知らなくて、そのような立場に無理解だから入学が拒否されてしまうこともありました。また、オザンは仮放免だから就労できませんとはじかれてしまいました
特に10代とか20代前半というのは、自分が何かになれるかもしれないとか、こういう人間になりたいとか、こういう職業につきたいとか、世界を旅してみたいとか、わくわくすることってあるじゃないですか。それがいくら努力してもチャンスさえ与えられないのはなんて残酷なんだろうなと。
制度が人から将来を奪っていく。それでも当たり前なんですけど、(どんな状況にいても人は)将来を想像するんですよね。想像は止められないけど、(仮放免という立場のせいで)それが潰えていく。これはきついなって思いました」
難民認定がなかなか出ない現状
日本は制度上、難民申請はできるものの実質的には認定されることがほぼない。仮放免も一見自由を与えているようで様々な制約がある。じわじわと日本にいようという気を削ぐような制度のようにも見える。
「日本はそもそも、難民の保護を保障し、生命の安全を確保するための権利や義務について規定している『難民条約』を批准しています。それを知らない人も多いので、大前提として難民条約の加盟国であることを知ってほしいですよね。日本は対外的に難民を受け入れる国ですよと言っているんですよ。それなのにこの映画のような現実があるんです」
難民条約に加盟してはいるが、2020年の日本の難民認定率は0.5パーセント程度で、主要加盟国の中でもかなり低い。
「日本は難民であることを認める条件がとても厳しいからです。例えば難民申請者が『(もともといた国から)逮捕状が出ています』と主張すると『じゃあ逮捕状を見せてください』『その証拠を見せてください』と言われる。でも、その証拠を母国で集めているうちに逮捕されてしまうかもしれない。緊急性があればあるほどそういった証拠を持たずに逃げてくるわけです。むしろ、そうした証拠を持ってないのが難民なのに、それを難民申請者自身に求めるという矛盾があります」
入管は「本人の証言が信用できない」とか「偽造パスポートを使っているから厳しくしている」と主張しているようだが……。
「緊急性が高い状態で逃げてきた人たちだからこそ、本国からパスポートをもらえなければ、偽造をするしかないようなこともありえるわけですよね。だけど、偽造したパスポートで日本に逃れてくると、偽造したことが悪で不法入国であり、日本にい続けると非正規滞在になってしまう」
日向監督は「不法滞在者」という言葉をなるべく使わないそうだ。それは、そもそも日本の法律の方に問題があるからという視点があるからなのだろうか。
「そうですね。法律を守ることと難民を保護することはかなり相入れない部分があると思います。極論ですけど、例えば国境線を超えてシリアから逃れてくる人たちの中にはパスポートを持っていない人もいると思うんです。だからって、不法に国を超えたと非難はしないじゃないですか。
法務省という法を司る省庁が難民保護を担当していることがそのような厳しい条件を生み出しているのではないでしょうか。第三者機関が難民認定の審査をすることで、「難民保護」の視点から判断ができると思うんです。
また、「不法就労」という言葉にも違和感があります。外国人が、さも犯罪ギリギリの仕事をして稼いでいるという印象を与えるからです。2019年、不法就労で捕まった人の入管の統計(「2020年版出入国管理(白書)」)があるんですが、その統計を見ると男女合わせて、1位が農業、2位が建設、3位が工員、つまり工場労働。技能実習生もそうですけど、非正規滞在の人たちがこの労働力不足の一端を担っているところもある。身近にあるコンビニでも店員の方で外国の人が目立って増えてきていますし、商品を製造する工場でもたくさんの外国人が働いています。外国の人に来てもらわなければコンビニだって成り立たない状況にあるのに……制度が追いついてないと思いますね」
二世が成長していくなかで
クルド人が難民認定を求めて日本にやって来るようになったのは90年代のこと。その間に日本で育つ人や二世が生まれてきている。日本で育つ彼らにとって日本は故郷でもあるはずなのに、日本での地位が不安定なままでは安心して暮らしていけないだろう。
「日本で幼少期から育った子、もしくは日本で生まれた子、日本語が母語で日本の風習や習慣にも慣れ親しんだ子ども達が育ってきています。それはクルド人に限ったことではないですよね。
難民保護と労働力不足は同じ土俵で語れない全く別の問題ですが、労働力として新しく海外から日本に来てもらう政策をとるなら、まず日本国内にどういう現実があるか目を向けた方がいいと思います」
オザンさんは自分のことを「ダニ以下」と言っていた。将来が描けないことへの不安や、入管で言われる心ない言葉のせいで、自己肯定感や自尊心を持てなくなっているのではないか。
「それはあるでしょう。入管職員が面談でオザンに言った「ほかの国行ってよ、ほかの国〜」という言葉にショックや怒りを感じたという感想は多く見かけました。あれは彼らにとっては冗談なんですよ。そのくらい普通に言われている。僕には冗談に聞こえないから映画に出しているんですけど。
残酷だなと思うのは、成長していくにしたがって他の日本の子たちとの違いに気づいていくんですよね。オザンも最初は、いじめられても得意な野球で居場所を見つけられたけど、成長するうちに自分は働けない、進路がない、住民票も健康保険もないということに、どんどんどんどん気づいていく」
就労の資格もなく、生活の基盤も築けない。それでは日本社会で何もできないことになる。そういったことは本人だけでなく、周りとの関係にも影響を及ぼしていくはずだ。
「そうですね。オザンの父親との関係は一見どこにでもあるような反抗期に見えますが、その奥には在留資格のあるなしという彼らの立場が関わっているんです。制度が親子関係にも影響を及ぼすということはすごく思いますね」
映画では2019年当時、入管に長期収容されていたラマザンさんのおじさんのメメットさんが、体調不良にもかかわらず施設内で十分な医療行為を受けられず、妻と支援者が救急車を呼んでも入管に二回追い返される様子が撮られていた。2021年3月に起きたスリランカの元留学生ウィシュマさんが亡くなった事件や、5月に国会に提出された入管法改正案が取り下げられたことで、収容に上限がないことや待遇の悪さなど、少しずつ入管の問題が明らかになってきてはいるが、自分は何も知らなかったんだなと改めてショックを受けた。
「メメットさんだって亡くなってもおかしくなかったわけです。そういうことが事実としてずーっとあるんだってことは知ってほしいし忘れないでほしい。
メメットさんを取材するため、入管に面会に4カ月弱、週に2、3回くらい通っていたのですが、それが……。僕も辛かったんですよね、本当に。『いつ出てくるんだろう』って。本人や家族が一番そう思っていると思いますけど、やはり上限が定められていないことがいちばん辛いですよね。
ウィシュマさんのことは本当に悲しくいたましい事件ですけど、あんなことが入管の中ではずっと起きているんです。今入管の問題については盛り上がっていますが、一時のブームに終わってほしくないなと思います」
最新映画情報
渋谷 シアター・イメージフォーラム、大阪 第七藝術劇場、京都 出町座、神戸 元町映画館ほか、全国順次公開中。最新の全国公開劇場、劇場イベント詳細は映画公式ホームページ https://tokyokurds.jp/ にて。
<劇場イベント情報>
京都府京都市|出町座
8月3日(火) 15:40の回上映後:植山英美さん(本作プロデューサー/ ARTicle Films代表)によるアフタートーク開催
愛知県名古屋市|名古屋シネマテーク
8月7日(土) 10:00の回上映後:日向史有監督による舞台挨拶開催
広島県広島市|横川シネマ
8月8日(日) 11:40の回上映後:日向史有監督による舞台挨拶開催
●クレジット
監督:日向史有
撮影:松村敏行、金沢裕司、鈴木克彦
編集:秦岳志
カラーグレーディング:織山臨太郎
サウンドデザイン:増子彰 MA:富永憲一
協力:日本クルド文化協会
映像提供:#FREEUSHIKU
技術協力:104 co Ltd クルド語翻訳:チョラク・ワッカス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会
プロデューサー:牧哲雄、植山英美、本木敦子
製作:ドキュメンタリージャパン 配給:東風
2021年|日本|103分 © 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.
●公式HP・SNS
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