会話下手の自分に、うんざりした時に読む絵本 『パンやのくまさん』

文=ひとりがわそろこ
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イラスト=Stuart Ayre

 ようこそいらっしゃいました。 
 ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが回答として1冊の絵本を処方する、世界最狭のお悩み相談室です。

 そもそも人から相談されることが、極端に少ないわたし。
 恋愛相談、キャリアの悩み、人生相談もほとんどされず、ごくまれに相談を受け、はりきって答えるアドバイスは、たいていいつもずれている。「悩み相談をされまくる人」に憧れながらも、叶わず今まで生きてきた。けれどもその間、絵本はたくさん読んできました。 

 絵本は自由で幅広く、人生に思わぬ角度から光をあててくれるもの。「誰も相談してくれないのなら、自分で自分に悩み相談をしたらいいじゃない?」。 こんな馬鹿げた考えにすら「それは、グッドなアイデアだね!」と包み込んでくれるようなのびやかさが、絵本にはあるのです。 

相談

「人と話している時、相手が退屈そうにしていると、動揺してうまく喋れず、会話が苦手です」(14歳のそろこ)

処方

『パンやのくまさん』(フィービ・ウォージントン&セルビ・ウォージントン 作 まさきるりこ訳 福⾳館書店) 

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パンやの くまさん』(福音館書店)

どんな会話の達人も、普段の会話はそれなりに

 まずはじめに、14歳のそろこ、わたしに相談してくれてありがとう!

 「この人いま、わたしの話、早く終わらないかなって思ってるかも」という疑惑に苛まれながら続ける会話のしんどさは、大人になったわたしにも、よーく、わかります。 

 とはいえ、わたしがこれまで生きてきて、大枠で掴んだ事実をお伝えしますと、 どんな会話の達人でも、双方の心が満たされるような豊かな対話や、 爆笑がぽんぽん飛び出すカーニバルのような会話は、ハレの日のご馳走のようなもので、 年に数回できるかできないか。みんな意外と前日の残り物みたいなぱっとしない会話を、ゆるくしながら生きている模様です。 

 どんなに会話上手に見える人も、夜中に己の発言を後悔して呻いたり、 『24時間で会話上手になる!』みたいな本をぱらりとめくり、 買わずに棚に戻したりしながら、だましだましやっている。あなたもわたしもおつかれさまと、まずはリラックスしてまいりましょう。        

のんびりゆっくり、驚きの刊行ペース

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読むほどに、⼼が安らぐくまさんシリーズ。

 気づまりな会話で疲れたそろこに、読んでほしいなと思うのが、今回処方する『パンやのくまさん』(フィービ・ウォージントン &セルビ・ウォージントン  作・絵 まさきるりこ訳 福音館書店)です。

 くまさんシリーズは、全部で7冊。原書刊行年順に並べると、『せきたんやのくまさん』、『パンやのくまさん』、『ゆうびんやのくまさ ん』、『うえきやのくまさん』、『ぼくじょうのくまさん』、『ボートやのくまさん』、 『しょうぼうしのくまさん』。

 イギリスの絵本作家、フィービ・ウォージントンさんは、幼稚園の先生をしていた人。兄弟のセルビやジョーンと組んで、くまさんシリーズを作りつづけました。 1作⽬の『せきたんやのくまさん』を出したのが38歳。 そこから月日は流れ、約30年後、69歳の時に『パンやのくまさん』が刊行されます。このマイペースな制作ペースも、なんだか泰然としていていい感じ。

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朝いちで、かまどに⽕を⼊れ、お茶をのむくまさん。

 パンやのくまさんは、毎朝早く起きてパンやパイ、タルトやケーキを焼き、半分は車で町まで売りに行き、 残り半分はお店で売ります。 仕事の合間にお茶をのんだり、ちいさなお客さんには、レジ下からキャンディーを出してあげたり、くまさんらしく働きます。 仕事を終えると、「1こ、2こ、3こ、4こ、5こ」とお⾦を数えて貯⾦箱にしまい、 ベッドでぐっすり眠ります。

こつこつ・たんたんで毎日を回す

 くまさんは、どんな職業であっても、基本的にひとりで1日をたんたんとまわし、その日1日の仕事ぶりに満足して、眠りに落ちる。自分の生活を、こつこつ・たんたんのリズムで回す安心感。この本を繰り返し読むうちに、不思議と心が凪いできます。14歳のそろこが、人とうまく話せないと焦った時は、その目を相手ではなく内側に向け、自分の生活を、こつこつ・たんたんと回すリズムを確立するといいかもしれない。

 仲良くなりたい人に、小洒落た会話を提供しようと緊張し、惨敗することもあるでしょう。そんな時は、粛々とこつこつ・たんたんの日常に戻っていけばいいのです。そうするうちに傷も癒え、また性懲りもなく話しかけられる。そのうちに、自分でもまあ悪くない、と思える会話ができるようになります。

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今日もいちにち終わりました。おやすみなさい。

 多少時間はかかるかもしれませんが、規則性のある日々をこつこつ・たんたんと重ねていくうちに、不思議と自分の中から、疑問や考えが湧き出てくる。それを、時間をかけて深めていき、誰かに共有する時は、話し方が多少稚拙でも、確実に相手に伝わり、満足ゆく時間を過ごせます。そんな日を楽しみにしつつ、くまさんをお手本に、気長に日々を回していこうではありませんか。

 くまさんは礼儀正しく、むやみに一線を越えてこない思慮深さがある。その節度のある存在感も、読者を癒します。くまさんシリーズは、自分の生活リズムを守ってくれる常備薬として、本棚に全巻備えておくと安心ですよ。

連載「ひとりがわそろこ絵本相談室」一覧ページ

Illustration Stuart Ayre 
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。 
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre

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