
イラスト=Stuart Ayre
ひとりがわそろこ絵本相談室、第2回目でございます。ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが回答として1冊の絵本を処方する、世界最狭の相談室です。
人は、あれこれ悩む生き物ですから、こんな最狭の悩み相談室でも、もしかしたら、これを読んでいる方(いるといいな)のお悩みに沿うものがあるかもしれません。そんなささやかな願いを胸に、今月のお悩みにまいりましょう。
相談
「突然ですが、食欲がとまりません。先日も、あんぱんを食べ、コーンスープをのんで、オムライスを食べ、のりせんべいとバニラアイスを食べ、ハンバーガーを食べ、おいなりさんを食べて、ロールキャベツも食べました。自分の食欲がこわいです」(30歳のそろこ)
処方
『くもりときどきミートボール』(ジュディ・バレット 文 ロン・バレット 絵 青山南 訳 ほるぷ出版 ※品切れ・重版未定です。)

『くもりときどきミートボール』(ほるぷ出版)
胃もたれ系の愉快な絵本で迎え撃とう
食欲増進大いに結構。気にせずどーんと食べて下さい、と言いたいところですが、年齢を見ると育ちざかりをとうにすぎた30歳。健康診断で、お医者さんから「そんなに頑張って食べないでも大丈夫だよー」などと、やんわり注意されるお年頃ね。
処方する1冊は、『くもりときどきミートボール』(ジュディ・バレット 文 ロン・バレット 絵 青山南 訳 ほるぷ出版)です。本を読む前の下準備として、盛大に食べ、おなかをぱんぱんにしてから、本書を手にとるようにして下さい。1978年に出版され、アメリカの子どもたちを熱狂させたこちらの絵本は、ひとことで言うと「胃もたれ系」。
決して手放しにかわいいとはいえない、ブラック風味の絵柄と、不気味で荒唐無稽なストーリーは、子どもたちの圧倒的支持を得て、アメリカで100万部以上売れたヒット絵本になりました。米国の学校図書館向け雑誌、School Library Journal 誌の人気投票による「絵本トップ100」にもランクイン。アニメーション映画の原案にもなっています。
奇妙な世界観に、子ども熱狂
おはなしの舞台は、カミカミゴックンの町(Chewandswallow)。ここでは、1日に3回、空から食べ物がふってきます。朝はトーストにオレンジジュース、お昼にはソーセージに、ベイクドビーンズ、おやつにゼリー。夜にはハンバーガー。

不穏すぎるハンバーガーの積乱雲。
びしゃびしゃ、ぽとぽと、ぷるぷる、ごろん。おいしいものが、空から数かぎりなくふってくる。住人は、お皿やコップで食べ物をキャッチして、「いただきまーす」と食べるだけ。最高です。ところが、ある時から気候が悪化し、ふってくる食べ物のサイズが狂いはじめます。巨大化したハンバーガーやミートボールが、街を破壊し……
とまあ、あらすじをさらっと書いただけでも、相当へんてこなのが、おわかりになるでしょう? この、決して正統派とは言えない風変わりな絵本を、元気いっぱい支持して、ミリオンセラーに押し上げる子どもたちのガッツがよろしい。子どもは、いつの時代も変わらずへんなものが好き。その尊いまでの、ぶれなさよ。

巨大化した食べ物がぼとぼと落ちてきて、町は阿鼻叫喚。こわい。
妙にリアルな絵柄もすてき。あばれまわる極太のマカロニや、家を破壊する特大ドーナツ、でかすぎるホットドックが空から落下する絵なんかもうこわすぎて、「無理ですごめんなさい」という感じ。ぜひ現物を手にとって、不気味な迫力ごと、間近にご覧いただきたいと思います。
絵本で食欲を怖じ気づかせて・・・
暴走する食欲にお困りの、30歳のそろこは、満腹状態で、本書を声に出してお読み下さい。暴れ狂う食べ物たちを前に「こんなの、食べ物もわたしの胃も、みんなつかれちゃって、かわいそうだよ」なんて思えたらしめたもの。
そのまま2、3日くらいプチ断食して、おかゆとほうじ茶くらいで食事を済ませましょう。そして、わがもの顔で暴れまわっていた食欲の勢いを削ぎ、食欲とあなたの、穏やかで良好な本来の関係性を取り戻して下さい。
『くもりときどきミートボール』の作者のジュディ・バレットさんは、1941年ブルックリン生まれ。夫で広告デザイナーだったロン・バレットさんが絵を担当。その後ふたりは離婚しますが、その後も制作のパートナーとして魅力的な作品つくっているそうです。
このコンビによる『どうぶつにふくをきせてはいけません』(ふしみみさを訳 朔北社 ※品切れ・重版未定)も、最高にすてきな絵本です。間食の誘惑に負けそうな時などに、一服がわりに読むのもよし。秒で完食してしまったポテトチップスのカロリーに悩むより、ずっとゆかいな時間を過ごせること請け合いです。

ジュディとロンの名コンビで、淡々と笑わせてきます。/『どうぶつにふくをきせてはいけません』(朔北社)
ただ、現在『くもりときどきミートボール』も『どうぶつにふくをきせてはいけません』も、品切れ・重版未定とのこと。なんということでしょう。この絵本に興味のある方は、まずは図書館で探してみて下さい。そして、ひとり、またひとりと、復刊を願う同志が増えていくのを、わたしはここで待っていますね。
でも、最後にひとつ朗報を。彼らのおもしろ絵本『マクドナルドさんのやさいアパート』(ふしみみさを訳 朔北社)は、 現在も絶賛発売中。まずはこちらを入手して、ジュディ& ロンコンビの不思議ワールド中毒者を増やし、 今回紹介した2冊の重版を、みんなでお祈りいたしましょう。 それではみなさま、来月までお元気で。
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre