
Getty Imagesより
●山崎雅弘の詭弁ハンター(第9回)
2021年初頭の時点で国民の約8割が反対(1月13日公開のNHK世論調査で、「東京五輪・パラは開催すべきか」との問いに「開催すべき」が16%、「中止すべき」が38%、「さらに延期すべき」が39%で、中止と延期を合わせると77%)し、開催直前の段階でも今夏開催への反対意見が根強く残る中で、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下「東京五輪」と略)は7月23日に開会式を迎えました。
NHKの公式サイトで、この世論調査の結果に関する分析を見ると、回答者を東京都民だけに絞った場合、「開催すべき」が13%、「中止すべき」が49%、「さらに延期すべき」が32%で、中止と延期を合わせると81%でした。
しかし、開催の決定権を持つとされる国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長や、国民の命と健康を守る責任を負う菅義偉首相は、「日本の方は大会が始まれば歓迎し、支援してくれると思う。日本のアスリートが活躍するのを見ると、(開催を疑問視する)態度も過激なものではなくなるのではないか(バッハ、7月17日)」や「競技が始まって国民がテレビで観戦すれば、開催に懐疑的な人の考えも変わる(菅、7月20日)」など、あたかも反対している国民が「皮相的なムードに流されて、問題を深く考えずにそうしている」かのようなイメージを社会に広める言葉を述べていました。
そして、東京五輪が開幕すると、「始まったからには、反対などと言って選手の活躍に水をさすようなことはせず、みんなで応援しよう」という、なんとなく善良そうに響く言葉で東京五輪開催への反対意見を封じようとする人が、あちこちに現れました。
今回は、この一見もっともらしい、あたかも選手に寄り添うかのような言葉が、実は受け手の論理的思考をさりげなく停止させる「詭弁」であることを論証します。
東京五輪への反対意見を矮小化する人たち
2021年7月23日、日本維新の会に所属する藤田文武衆議院議員は、次のような内容をツイッターに投稿しました。
「東京オリンピック開会式。これまで政治的に五輪中止を主張していた方々も、始まったからには揚げ足取りや粗探しを控えて、感染拡大防止に最新の注意を払いながら競技に臨む選手たちに心からのエールを。」
東京オリンピック開会式。
これまで政治的に五輪中止を主張していた方々も、始まったからには揚げ足取りや粗探しを控えて、感染拡大防止に最新の注意を払いながら競技に臨む選手たちに心からのエールを。※ムスコたちと一緒に世界の国旗を覚えたおかげで、入場行進をみててほとんどわかる。笑 pic.twitter.com/dnB4GqsR9r
— 藤田文武(衆議院議員 日本維新の会) (@fumi_fuji) July 23, 2021
この短い文章に、いくつかの「いやらしいトリック」が仕込まれていることに気づかれましたか?
まず、「これまで政治的に五輪中止を主張していた方々も」という表現。あたかも東京五輪の中止を求める主張が、倫理や人道の観点でなく、何らかの「政治的意図」に基づく行動であるかのように、受け手に印象づけようとしています。
雑誌「月刊Hanada」2021年8月号(飛鳥新社)に掲載された櫻井よしこ氏との対談記事で、安倍晋三前首相が語った「共産党に代表されるように、歴史認識などにおいても一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対しています」「きわめて政治的な意図を感じざるを得ませんね。彼らは、日本でオリンピックが成功することに不快感を持っているのではないか」という認識とも、相通ずるものがあります。
しかし現実には、日本国内と海外の両方で東京五輪に最も強く反対しているのは、病院の院長や医師、看護士、医療専門家などの「医療関係者」です。
東京五輪が新型コロナ感染症の「スーパースプレッダー(強力な感染源)」になりうるという指摘、新たな変異株(東京株)を生み出す可能性があるという指摘、メディアを動員した東京五輪のお祭り騒ぎが人々の感染予防意識を緩めるという指摘、そして熱中症など他の疾病に対処する余力が失われて「医療崩壊(病院が患者を収容できず放置される状態)」を引き起こすという指摘こそ、菅首相と日本政府が東京五輪の開催を強行するか中止するかの判断材料として、耳を傾けなくてはならない言葉です。
東京都立川市の立川相互病院は、今年4月から「医療は限界 五輪やめて! もうカンベン オリンピックむり!」という張り紙をガラス窓に掲示していますが、同病院の増子基志事務長は「すでに医療崩壊は起こっていると言っていい。入院したくてもできない人をこの地域から出したくない。命を守るために、今からでも五輪中止を政府は判断すべきだ」と、悲痛な言葉を語っていました(7月31日付の時事通信記事)。
こうした医療関係者の真摯な声を踏まえて、先の藤田文武議員のツイートを読めば、東京五輪に反対する意見をあざ笑うかのような彼の言葉が、どれほど人の命や健康を軽んじるものか、よくわかると思います。国会議員として、無責任きわまりない投稿です。
彼は、東京五輪の開催に反対する意見を「揚げ足取りや粗探し」と決めつけ、医療機関の逼迫や感染爆発の危険性などの指摘が存在しないかのように無視しているからです。
そして、藤田文武議員のツイートにある「始まったからには揚げ足取りや粗探しを控えて、感染拡大防止に最新(ママ)の注意を払いながら競技に臨む選手たちに心からのエールを」という言い回しの何がおかしいかも、医療関係者の警鐘と対比すれば明らかです。
東京五輪を開催することで生じる、医療機関への負担増大や新たな感染リスクなどは、始まる前よりもむしろ「始まった後」に顕在化する問題です。「開会式さえ始めてしまえば勝ち」というのは、開催の成否を「勝ち負け」で考える人間の発想ですが、医療関係者が懸念する各種の問題や危険性は、東京五輪が「始まった」ことでこの世から消え去るものではなく、逆に「始まった」ことで活性化し、深刻化するものです。
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