現代の「妖怪」と戦うために
折口信夫の「夏芝居」によれば、夏の盛りに怪談話が盛り上がるのはお盆にあの世の者が帰省するからということらしい。怖い話で涼をとるためというのは俗説らしいが、オリンピック級のアスリートも倒れる暑さでは気分だけでも涼しくしたいもので、今回は「背筋も凍る」ドラマを紹介してみたいと思う。
Amazon Primeオリジナルドラマ『ゼム』は、ホラーでスリラー、ちょっとオカルトな話だ。舞台は1950年代アメリカ。南部ノースカロライナ州に住む黒人一家が、カリフォルニア州の白人のみが暮らす街コンプトンに引っ越すところから始まる悲劇の10日間を描いている。
本作の魅力は、現代まで根深く残る黒人差別のリアルな実態を炙り出しているところだ。恐喝や放火など近所の白人たちからの残虐な嫌がらせが起こり、裏では開発業者や警察が人種差別で金儲けを企み、会社や学校では、主人公だけが黒人という状況で周りからのネチネチとした攻撃を受け続け……といった具合だ。
社会批評的なドラマかなと思っていると、突如ホラーな展開に。突然地下室に巨大な牧師の亡霊が現れる。次女にしか見えない老婆が現れ、次女はなぜだか、母親が抱えるトラウマの記憶でしか知るはずもない歌を「老婆に教えてもらった」と口ずさむ。Jホラーのような、カメラワークでヒヤッとさせられる演出もある。黒人一家の愛犬が手足を切られ横たわる。犯人は亡霊か、嫌がらせをする白人か。此岸と彼岸いずれの世のものなのかはわからない。
差別話に怪談話、二つの意味で“背筋も凍る”体験をすることになる。「二つ」といま言ったが、それらは本来一つなのかもしれない。合理的に説明がつかない現象を、人は「妖怪」と呼んできた。そうであれば、いかようにしても合理化されえない「人種差別」とは、現代に巣食う妖怪そのものではないか。
社会問題を扱ったホラーである本作は、人種主義を軸として、人種隔離、トラウマ、キリスト教社会などの主題を散りばめた優れた作品だと思うのだが、日本国内で観られる時には作品の奥行きが矮小化されるのではとの懸念も覚える。主題は盛り沢山、あちこち時系列が動く編集で、混乱しやすい作品でもある。
「妖怪」退治の術はすぐには見つからずとも、まずは敵を知ることから始めよう。描かれる歴史・社会背景について理解しながら、本作の主題をひもといていこう。