「漢方は自然だから安全」は本当? 中医師×西洋医学医師が対談

文=山田ノジル
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 漢方は自然だから安心できる。漢方のベースとなる気血水(き・けつ・すい)の考え方では、めぐりをよくするためにとにかく温活が重要ーートンデモと呼ばれる、科学的根拠(エビデンス)のない健康法・美容法の世界では基本、漢方が大人気。でも実際に「自然」なのでしょうか? トンデモ健康法や極端な自然派生活を支持する人たちはなぜ、西洋医学(標準医療)を疑う一方で漢方を無条件に信頼しているのか? そんな疑問を解消するヒントを探るべく、西洋医学を扱う医師と、中国の伝統医学である「中医学」を専門とする中医師であるおふたりに、「漢方談義」を行っていただきました。

 西洋医学を扱う側には、当連載でもおなじみの桑満おさむ先生。著書に『“意識高い系”がハマる「ニセ医学」が危ない!』 (扶桑社BOOKS)もある、トンデモウォッチャーとして名を馳せる存在です。

 中医学の専門家には、中医師の村木亜ゆみ(仮名)さん。「中国で中医師の資格を取ったものの、日本の医師免許を持たないため治療はできず、漢方関係の仕事に携わりながら、細々と漢方の話をネットに書いています」。

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桑満おさむ(くわみつおさむ)<
五本木クリニック院長。ニセ医学バスター。1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に開院。“日本一の町医者”を目指し、地域密着型のクリニックを展開。趣味として、趣味的に疑似科学・ニセ医学ウォッチングし、エビデンスを用いた解説をブログ等で発信している。著書『“意識高い系”がハマる「ニセ医学」が危ない!』(扶桑社)。桑満おさむの院長ブログ

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――ではさっそく、巷でよく言われるように、漢方は「自然」なのでしょうか?

村木:そう思う人が多いのは、単純に「草を煮る」というイメージが大きいからじゃないでしょうか。でもまず、自然が安全だという考えそのものが間違いです。SNSなどで「植物だから漢方は安全です」という書き込みがあると、「附子(ぶし)は違いますけど」と必ず返してしまいます。附子とは、トリカブトのこと。死に至るレベルの毒性があるのは有名ですよね。ある人が、抗がん剤の治療中に手がしびれる副作用が出て、牛車腎気丸(ごしゃじんぎがん)を勧められたそうなんです。そうしたら、トリカブトが入ってる! と憤慨していました。もちろんトリカブトと言っても、漢方薬は加熱することで毒性を減弱してあるので、安心して使えます。また漢方は植物だけでなく、水ヒルやセミの抜け殻やといった動物薬、鉱物類や水銀などもありますしね。動物薬は生臭さを取り除くために特殊な加工を施してあります。大学で、水ヒルの臭みをとる加工実習は悪臭との戦いでしたよ(笑)。臭くてゲロゲロです。

――その「加熱して(火を通して)使えるようにする」というのは、いわゆる化学変化ですよね。それでも、素材が自然であればOKとされているのでしょうか。しかし砂糖や塩など、加工して精白してあるものは「自然じゃない」と嫌われる。ついでに自然派が大好きなアロマ(精油)も、化学物質の塊だと思います。漢方だけ、なぜ受け入れられるのでしょう。

村木:おっしゃるとおり、使えるようにするために、化学変化を利用しています。ですから「植物だから自然」という主張は、ただのイメージでしかないことがよくわかりますよね。漢方は自然のものが原料だけど、人工的に加工されています。

桑満:おそらく漢方は、自分たちのじいさん世代が使っていたもの、古きよきものというイメージがあるんじゃないでしょうか。オールウェイズ、三丁目の夕日みたいなノスタルジー。そうなると「昔はこんなにワクチンたくさん打たなかったのに、今はおかしい」「自然にかかってなおしてたのに」みたいになってしまう。あとは大手の漢方会社が、漢方は自然ですみたいのをウリにしたのも関係していそう。やさしく効くというイメージを強調した。

中国における「中医学」は?

村木:私たちが扱う中医学は基本、気や経絡といった目に見えないものを扱っています。そのあたりがミステリアスに思われがちで、中医・漢方を恣意的に取り入れているトンデモな主張も何となくのイメージでで納得してしまう部分もあるかもしれません。

桑満:僕は本当は、その謎めいた部分が好きですけどね(笑)。自然というエピソードなら、19~20世紀の科学者フリッツ・ハーバーがすごい。空気中から窒素を固定し、アンモニアを合成する技術を生み出した。それによって化学肥料が作られ食糧事情を支え、またその技術によって塩素ガスが作られて兵器にもなった。空気から作っためっちゃ自然である物質が、人を助けると同時に殺すことにもなるという。

――自然を重要視する人に、自然の定義を聞いてみたいですね。

村木:自然信仰というと、日本では大麻信仰なんかも根強いなと思います。西洋医学に対する不信感も、ありそうですね。妻ががんと言われ「どうしてこうなったんですか?」と医師に聞いてもわからなかったという男性がいて、だから玄米菜食で治そうと、化学治療しないことを選んだなんて話もありました。そしてその治療の過程を、講演して回るという沼に入ったみたいですが……。そういった話を聞くと、漢方薬にアドバンテージを求める理由に、はっきりした根拠はだぶんないのだろうと思いますが。

――現在の日本の「漢方」は、独自に発展した伝統医学ですよね。どのような経緯があるのでしょうか。

桑満:今の日本は医薬分業といって、医師が薬の処方をし、それに基づいて薬剤師が調剤をすることになっているけど、昔は「薬剤師」という考えがなく、薬も医師が調合していた。こう、道具でゴリゴリ~って細かくして薬を加工して、それで大きな利益を得ていたんですよね。そして内科が本流で、外科は邪道な扱い。そこから江戸後期に西洋医学が入ってきて、明治に急激に西洋思考になり、漢方を時代遅れだと拒んでしまった。だからこの国の医学の歴史を考えると、中国の伝統医学こそが、本流だよなと思います。

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村木:そうですね。現在の漢方は仏教伝来のころに中国から伝わり、中国と国交がなくなった時期に独自に発展してきました。江戸時代の終わりに西洋医学が持ち込まれ、その後、文明開化による西洋化や、富国強兵策を進めなくてはならない時代になり、負傷者の治療や感染症に効果を素早く発揮する西洋医学はそこにマッチしてしまった。そして「治療効果が高い西洋医学素晴らしい! 漢方廃止」という動きが出てしまった。その過程は漢方の発祥である中国も同じで、西洋医学が入ってくると即効性に注目が集まり「中医はもう廃止すべきではないか」という意見も出たんです。でも昔から使ってきたし、西洋医学は流通の問題で薬価が高くなる。今でも「やっぱり中医じゃないとイヤ」という人もたくさんいて中医で治療をしようという人が多数いるんです。庶民の医療みたいな。ただ今は生薬の値段が上がってきていて、庶民のものだという感覚ではなくなりつつあるようです。

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