中医学と西洋医学の共存
桑満:日本における漢方の問題は、田中角栄が首相だった1970年代、日中国交正常化の手土産に、漢方を医薬品として保険適用したことじゃないでしょうか。本来だったら絶対に必要な治験とかをしないといけないのに、当時はそれをせずに通常医療に組み込んだ。そこは大失態だとは思います。でも基本、私はおばあちゃんの知恵袋とか、自分で作った秘薬を出しちゃうような田舎の昔の医者とか、いろいろなものが入り乱れたのどかな感じは好きなんですよ。今みたいに「どちらがよくない!」とか言い合うのではなく、漢方と西洋医学がうまく共存していた時期もあるんじゃないかと。特に中医は哲学みたいなところもあるので、文化的・社会的な面も研究せざるを得ない。不老不死の伝説があったり。そんな部分も含めて、真っ当に扱っていればすごく面白い。ところがその面白い部分を、ビジネスチャンスにしてしまうのが、困った点です。トンデモさん発生の、ひとつのパターンじゃないのかな。
漢方は今はそれなりに需要がありますが、私が医師免許を取ったばかりの時代は、まったくと言っていいほど需要がなかったんですよ。そんな時代に、医師のあいだで漢方研究会という部活みたいのがあった。そこに参加していた人たちは、ふたつの道に分かれましたね。そのひとつが、金儲け。たとえば、過激な発言で有名なうつみん※なんかも、入り口が漢方じゃありませんでしたっけ? 実際儲かってるかどうかまでは、知りませんが。コロナの予防に効くと言って、本来治療薬である漢方薬を売っていた漢方医もいましたね。もうひとつは医療制度に疑問を持っていて、理想の医療を目指す純粋な気持ちから、共産党系の病院へ行く道でした。
※内海聡医師の愛称=陰謀論、反医療を主張することで知られる内科医・漢方医。コロナのワクチンを危険だと主張し、Amazonで著書が取り扱われなくなったり、SNSのアカウントが停止されたりするなどの処分が下されているが、一部熱狂的な信者が存在している。
村木:そういう法外な金儲けに使われる漢方って、紹介システムとかでよくできてるんですよ。私のお友だちの、お金持ちのマダムのところには「中国から特別な方法で予防薬を取り寄せました!」なんていうDMが来たそうです。でもそれは向こうで治療に使っている薬なので、本来は病気にかかってから服用するもの。予防に使おうなんて、そのうち健康被害も出るのではと心配していました。
桑満:でも、正直ビジネスセンスはあると思いますね。旬の話題をすぐに取り込んで。そうやって漢方を適切じゃない広め方をする人たちはおそらく、コンサル会社もかかわっているのでは。真面目な漢方業界の邪魔しているわけですよね。そりゃ、中国で中医学を習得しても日本の医師免許を持っていない中医師や、日本の薬剤師免許を所持していることが前提の漢方薬・生薬認定薬剤師……いわゆる漢方薬局の相談員でも、法律上「治療」ができないため、医師免許を持っている人の扱う漢方治療のほうが偉いような気がしてしまう。それをあえて狙っているような吹き溜まりで、真っ当な医療なんて成り立つわけがない。たとえば、専門医を名乗れる最低限の経験しか積んでないうえに、漢方医に走るようなケース。それは西洋医学の世界から見ても漢方の世界から見ても、中途半端な存在に思えます。上にも下にも右にも左にもコンプレックスがありそう。そういう部分って、怪しいコンサルや反社などに入り込まれる隙が生まれると思いますよ。中医学には本来、西洋医学のエビデンスとは違うけれども、積み重ねてきたものがある。それなのに、フワッとしたイメージだけを受け入れると、トンデモが入り込んでしまうのでは。
漢方にトンデモが入り込む構造
村木:西洋医学は信じません! といった極端な人もいますけれど、どちらともいい付き合い方ができるといいですね。特に上海では「中西結合」と言って、中医学と西洋医学のいい所を取り入れましょうというスタイルの病院もあるんですよ。
桑満:日本にもあるのですが、それをやっている一部のたちが「統合医療」という方向に走り、トンデモ傾向が強くなりがちです。漢方には漢方のよさがあるけれど、ミステリアスな部分をウリにしていたり、無理に西洋医学と結び付けて説明しようとするようなものは、怪しいものが多いように思えますね。
村木:そうなんですよね。中医学には気血の通り道である経絡という言葉がありますが、よく質問されるのは「経絡って、要するにリンパですか?」。私たちは「違います。経絡です」と回答しています。「もしかしたら似たような働きがあるかもしれないけれど、私たちは経絡と呼ぶんです」とお伝えしています。別モノなんですよね。経絡もまた見えないものだから、変な人たちに利用されていたりするし(苦笑)。
桑満:昔、断食療法で有名な某医師が、朝日新聞からエビデンスを問い詰められた際に「これは東洋医学の考え方だからエビデンスはない」と言い切った。その療法の良し悪しはさておき、中途半端に西洋医学と漢方の外面をごっちゃにしてふんわりミステリアスにしてしまうよりは、西洋医学で言われるエビデンスはないけれど、積み重ねのある伝統医学の考えであると言い切るほうがまだマシだと思いました。なんとなくふんわり漢方的なエッセンスだけ取り入れているような健康法は、やはりトンデモ率が高いですよ。その人の主張するものが、漢方や中医学の概念をベースにしているのか、西洋医学のものなのか、それともまったく関係ない独自の考えなのか。そのへんがはっきりわかるものは、内容についてはさておき、誠実さを感じます。
村木:「気血水のめぐりが大事だから、めぐりを促すために温めましょう!」なんて女性向けの情報がたくさんあります。確かに中医学でも漢方でも気血水のめぐりは健康の基本ですし、冷えは大敵、なんなら「子宮が冷えている」という言い方もしています。ただ、ほかの中医師曰く「中医学はみんな違ってみんないい」という考えなんです。体質は人それぞれなので、一様に温めればいいわけではありません。熱がこもる体質の人もいますので、温めたら逆効果の場合も。これさえやればみんな同じように効果が出る! というようなものに飛びつく人が多いでしょうけど、漢方や中医を謳いながらそれをやっていたら間違いなく怪しいと思っていいでしょう。
* * *
体質診断! あなたはどのタイプ? みたいなお手軽チャートを載せた漢方健康法なども星の数ありますが、そんなに簡単な世界ではなかったよう。そして漢方=自然という主張は、怪しさの代名詞みたいなものでありました。まだまだ謎が深い漢方とトンデモの親和性。またいろいろなテーマで、このおふたりにお話を聞いていきましょう。
1 2