なぜ『イン・ザ・ハイツ』の評価はわかれるのか ラテン系のステレオタイプと多様性

文=竹田ダニエル
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 映画業界、特にハリウッドでは、長年「Representation」の問題が議論されている。日本語では「多様性」と置き換えられる場合が多いが、直訳するならば「代表・表象」すること、つまりは「現実の社会に存在する多様性を描く」ことについての議論が行われており、その過程で人種、ジェンダー、セクシュアリティなどさまざまな面での「多様性」が映画作品の中で描かれることが重視されるようになってきているのだ。

 今年のアカデミー賞を例に挙げれば、『ミナリ』の作品賞ノミネートやSteven Yeun(韓国系)、Riz Ahmed(パキスタン系)の主演俳優賞ノミネート、『ノマドランド』のChloé Zhao(中国系)の監督賞受賞、H.E.R.(フィリピン系)の「Fight for You」の歌曲賞受賞など、アジア系に対するヘイトクライムがアメリカでも大きな話題になっている中、アジア系の活躍がこれまで以上に評価され、注目された。

増加するアジア人へのヘイトクライム なぜここまで放置され続けてきたのか

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なぜ『イン・ザ・ハイツ』の評価はわかれるのか ラテン系のステレオタイプと多様性の画像2 ウェジー 2021.03.29

 男性中心的、そして白人至上主義的と言われていたハリウッドのこうした変化は、大きな進歩と言えるだろう。

 それでもなお課題は残っている。例えば「韓国系移民のアメリカ物語」を描いていたことで大きく話題になった『「ミナリ』は、アメリカを舞台にした映画であるにもかかわらず「外国語映画」として扱われゴールデングローブ賞の作品賞を逃している。今まで前提とされてきた白人中心的な「アメリカンドリーム」の描き方、そしてその評価の仕方に対して多くの疑問が提示された。

NYのラテン系を描いた『イン・ザ・ハイツ』

 「多様性」をキーワードに今大きな話題を集めているのが、トニー賞受賞のブロードウェイ・ミュージカルの劇場版映画『イン・ザ・ハイツ』だ。

 ミュージカル『ハミルトン』で知られるプエルト・リコ系アメリカ人のリン=マニュエル・ミランダが作詞をつとめ、監督は中国系アメリカ人のジョン・M・チュウ(『クレイジー・リッチ!』)が担当した。

 2008年にブロードウェイで初演されてから高い評価を得て、トニー賞を受賞したこの作品の劇場版は、ニューヨークにあるワシントンハイツのラテン系住民たちの生活や夢、そして家族やコミュニティの重要性について、鮮やかな色彩とエネルギー溢れるミュージカルシーンを用いて描いている。

 幼少期にアメリカに移住した主人公はドミニカ共和国に移住することを夢みたり、コミュニティの期待を背負って大学に進学したり、新しいキャリアを掴むためにコミュニティを離れるか迷ったりと、作品はラテン系アメリカ人一世をはじめに、より良い生活を求めてニューヨークに辿り着いた移民たちのストーリーが中心となっている。

 「ラテン系」であることと「アメリカ人」であることのアイデンティティーの共存、そして伝統的な文化やルーツを大切にする一方で、ニューヨークという場所で新たに生まれる機会や出逢いについて愛を込めて描写している上に、「ドリーマー法」(不法移民への強制国外退去を延期する法律)など、ラテン系コミュニティに影響を与えている時事問題にも触れている。

 生い立ちにプライドを持ったキャラクターが生き生きと描かれており、そしてラテン文化やコミュニティの生き方をリアルに描いたメインストリームな作品は、多くのラテン系移民にとって珍しく感じたそうだ。

 ライターのKarla Rodriguezは「‘In the Heights’ and the Importance of Seeing Ourselves on the Big Screen」(COMPLEX)で、「『イン・ザ・ハイツ』は、ラテン系住民の表現という点では、これまでに見たことのないような大作であり、これまでに得られたような賞賛と注目を受け続けることを願っている」と絶賛している。

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