
「WiLL」2021年10月号
●日本人のつくり方(第9回)
このところ安倍晋三元首相が、「WiLL」(ワック)や「月刊Hanada」(飛鳥新社)など極右系論壇誌に相次いで登場して、従来からの〈固いお客さん〉向けにメッセージを発している。2カ月ほど前には「月刊Hanada」2021年8月号で櫻井よしこと対談、五輪に反対する人びとを「反日」呼ばわりして話題となった。
彼があれほどまでに開催に執着した五輪大会も、なぜか開会式には欠席。ネット上では、失敗の責任を取らされることを回避するためにいち早く逃亡したのではないかという憶測も流れた。
その安倍前首相が、「TOKYO五輪、金メダルものです!」の煽り文句とともに登場したのが、「WiLL」2021年10月号(8月26日発売)だった。
なにをもって「成功」と呼ぶのか
発売日当日に「WiLL」10月号を入手したが、目次にでっかく押し出されている安倍晋三「TOKYO五輪、金メダルものです!」は、たった4ページしかなくていきなり拍子抜けした。
この4ページの「談話」サイズの小文には、小見出しに「五輪成功は感無量」とあるのだが、安倍前首相がどんな基準をもって「成功」と見なしたのは本文のどこにも書いていない。
「日本は史上最多、五十八個のメダルを獲得しました」(「WiLL」2021年10月号、33頁)
「すべての選手に感動をもらいましたが、個人的に思い入れが強かったのはアーチェリーです」(同上)
「メダルには届きませんでしたが、競泳の池江璃花子選手の姿には深い感動を覚えました」(同上)
メダルの数と、たぶんテレビで見たと思われる二つの競技の感想文は綴られている。「感動」の文字が多用されるのみならず、定番の「感動もらいました」テンプレが使用されているわけだが、これはあくまでも個人の感想にすぎない。
しかし、〈結果〉を判定するためには、実現の過程で掲げられた〈目標〉を基準とするべきだろう。あたりまえだが。
どこへいった「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証し」
そもそも、東京五輪の招致委員会最高顧問として招致活動を陣頭指揮し、さらに2016年のリオ大会ではマリオのコスプレまでして、五輪を自らの政治的レガシーにしたてあげようとしてきたのが安倍前首相だった。
2020年3月に五輪大会の1年延期を決定した直後、彼が、
「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証しとして、完全な形で東京五輪・パラリンピックを開催する」(2020年3月24日)
と大見得を切ったことを、鮮明に覚えている人も多いだろう。
これこそが政権としての〈目標〉であったわけで、だからこそ五輪「成功」の判定基準は「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証し」になったのかどうかにあるはずだ。
「WiLL」10月号の安倍前首相による小文では、新型コロナ禍との関係では次のように書かれていた。
「私の首相在任中、東京大会を一年延期する決断を下しました。昨年、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、「このまま五輪を開催していいのか」という声が聞かれ、中止論まで取り沙汰された。それでも、大切なのは中止することではなく、安全で安心な大会を開いて多くの人々に感動を与えることだと考えました。そうした経緯があっただけに、東京五輪が無事に開催されたことは感無量です」(「WiLL」2021年10月号、33頁)
おいおい、「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証し」はどこへ行った?
安倍前首相は、今回の「WiLL」10月号掲載の短文では、その決意表明には一切言及していない。過去のどテキトーな自己の言辞の責任をとることから逃げたのである。
このフレーズは、安倍氏の後を継いだ菅義偉首相も、
「人類がウイルスに打ち勝った証しとして、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する」(2020年10月26日、臨時国会の所信表明演説)
と演説してきたわけで、一見ポジティブに見える政治的シンボルを、できもしないのに掲げたことのオトシマエをどうやってつけるのだろうか。
ともあれ、緊急事態宣言下でワクチン接種もできないまま感染拡大におびえている多くの人々がいる現状で、「TOKYO五輪は金メダル」などと能天気にぶちあげられるのは驚くべき能力だ。なにがなんでも「成功」だったことにしたいという安倍前首相の強い意志を感じる。しかしこのことは、単に政治業者としての自己保身だけではなかった。
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