憲法に基づく国会召集要求を「期限は書いてない」と拒否する詭弁術

文=山崎雅弘
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Getty Imagesより

●山崎雅弘の詭弁ハンター(第10回)

 新型コロナ感染症の拡大で、日本国内の医療現場が危機的状況に直面していた2021年7月16日、立憲民主党、日本共産党、国民民主党、社会民主党の衆議院野党議員計136人が、日本国憲法第53条に基づき、臨時国会の召集を菅義偉首相に求めました。

 その目的は、補正予算や法整備など、現状で不十分な制度を迅速に改正するための議論でしたが、政府与党は8月31日、臨時国会の召集を「見送る」と回答しました。

 野党側が臨時国会召集の根拠として挙げた憲法第53条とは、次のような条文でした。

【53条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。】

 衆議院の議員数は、現状465人で、上に挙げた136人は、その4分の1に達しています。一方、菅政権の加藤勝信官房長官は、8月30日に行った記者会見において、朝日新聞の記者から「野党が憲法第53条に基づいて臨時国会の召集を求めているのに、それを棚上げして他の政治日程を調整するのは憲法違反ではないか?」と問われて、次のように答えました。

「あの、まさに憲法53条の中に、『いずれかの議院の双議院の4分の1の要求があった場合には、内閣は臨時会の召集を決定しなければならない』旨、規定があります。これは、憲法に定められている、いわば義務でもあります。その旨は、これまでも国会等々で答弁、法制局長官はじめ答弁してきた。他方で、召集時期について、憲法の53条後段では、何ら触れられていないことから、その決定は内閣に委ねられると。そして、臨時会で審議すべき事項なども勘案し、召集のために必要な合理的な期間を超えない期間内に召集を行うことを決定しなければならない、と、答弁されているわけでありますので、まさにそうした判断も含めて、与党とよく調整させていただいていると、こういうことであります」

 憲法第53条には「内閣は召集を決定しなければならない」とはあるが、いつまでにという規定はないので、今すぐ召集しなくてもいいのだ、というのが、加藤氏の言い分です。

 けれども、この加藤官房長官の説明は、論理的には筋の悪い詭弁です。今回は、この加藤官房長官の説明がなぜ詭弁なのかを読み解きます。

憲法第53条の「明文化されていない指示」を読む

 立憲主義が尊重される国の憲法は、市民の利益を害するような形で権力が暴走することを防ぐために作られたもので、権力を持つ政権与党や首相、大臣、その他の公務員に、特定の制限や義務を課す内容となっています。

 憲法第53条も、特定の政権(内閣)が権力を独占的に行使し続けることを防ぐための工夫で、一定数の国会議員による要求があれば、正当な必要性が認められたものと見なし、臨時国会の召集を内閣の義務として行うよう命じています。

 条文を読むと、確かに「いつまでに」とか「何日以内に」という言葉はありません。しかし、加藤氏が言うような「その決定は内閣に委ねる」という文言も見当たりません。

 つまり加藤氏は、実際には憲法の条文にない、内閣にとって都合のいい「解釈」でしかないものを、書かれているかのような口振りで語り、受け手を欺こうとしています。権力を縛るという憲法の趣旨をわざと無視した、汚い詭弁のテクニックです。

 憲法第53条は、内閣に特定の義務を課す内容ですから、その義務を果たす期限を内閣自身が自由に決められる、というような解釈は、本来成立し得ません。そんな解釈が成立するなら、この条文自体、存在する意味のない空文になってしまうからです。

 内閣が臨時国会の召集時期を好きに選べるのであれば、その内閣が政権を握り続ける限り、臨時国会を求める少数派を無視して通常国会以外は開かない、という事態が発生し得ます。そんな「権力を持つ側」に有利な解釈は、憲法の趣旨に合致するでしょうか?

 論理的に考えれば、憲法第53条には「明文化されていない指示」が存在することがわかります。それは「可及的速やかに」、つまり「可能な限り早くに」という暗黙の指示です。この条文で具体的な期日の制限が記されていないのは、例えば10日とか20日という日数を明示すれば、災害発生時などで実現できない場合もあり得るからだと考えられます。

 権力を縛るという憲法の趣旨から考えれば、加藤氏が言うような「いつ召集するかは内閣が自由に決めていい」のでなく、「内閣は可及的速やかに召集しなくてはならない」という以外の解釈は成立しないはずです。憲法第53条に「可及的速やかに」という文言がないのは、そんなことは言わずもがなの話で、一定の良識を備えた国会議員なら常識として理解できるはずだ、という政治家に対する信頼が、起草時に存在したからでしょう。

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