昔はオシャレだった年上男性との恋愛~『クルーレス』『トレインスポッティング』における問題含みな「カッコよさ」

文=北村紗衣
【この記事のキーワード】
昔はオシャレだった年上男性との恋愛~『クルーレス』『トレインスポッティング』における問題含みな「カッコよさ」の画像1

Photo:Moviestore Collection/AFLO

 1990年代半ばというと25年ほど前です。たいして昔ではないように思えますが、この頃の映画やテレビドラマを見ていると、たまに今の感覚だとちょっと違和感を抱いたり、ビックリしてしまったりするような描写が見受けられることがあります。それで作品の価値が毀損されるわけではないのですが、「今ならこういう作り方はしないだろうなー」と思うところがある名作というのは意外とあります。

 今回の記事では、ティーン向けロマンティックコメディの有名作『クルーレス』(1995)と、90年代のイギリス映画の中でも最も影響力があったと思われる『トレインスポッティング』(1996)をとりあげてみたいと思います。全く色合いの違うこの2本にどういう共通点があるのか……? と思うかもしれませんが、どちらにも「カッコいい十代の女の子が年上の男性と付き合っている」という描写が出てきます(他にもボイスオーバーの凝った使用など、様式上の共通点はいくつかあるのですが)。これはたぶん90年代にはよくある展開だったのだと思いますが、現代の英語圏の映画ではなくなってきている要素だと思います。そのあたりに分け入ってみましょう。

『クルーレス』のシェールとジョシュ

 エイミー・ヘッカーリングが監督・脚本をつとめた『クルーレス』はジェーン・オースティンの『エマ』(1815)が原作です。本作は古典をアメリカの学園ものにアップデートするブームを作った嚆矢となる作品です。ティーン映画の名作として現在もよく知られており、とくにヒロインである16歳のシェール(アリシア・シルヴァーストーン)のファッションは今でも人気です。2014年にはイギー・アゼリアとチャーリーXCXの楽曲「ファンシー」のビデオが本作のオマージュとして作られました。G.V.G.V.は2014年春夏コレクションのヒントをこの映画から得ており、また2021年5月にはヒップドットからコラボ化粧品も発売されています。

 『クルーレス』はリッチでオシャレなブロンドの女の子はバカだというステレオタイプに沿うようでそれを綺麗にひっくり返しており、当時のベヴァリーヒルズで暮らす若者たちの話し方をうまく取り込んだ台本も機知に富んでいます。たぶんユダヤ系であるヒロインのシェール・ホロヴィッツ(ヘッカリングはヒロインをユダヤ系にするつもりはなかったようですが、名前がユダヤ系なのでそう見なされています)とアフリカ系の親友ディオンヌ(ステイシー・ダッシュ)がメインキャラクターで、この当時の映画にしては人種に多様性もあります。典型的な「ヒロインのゲイ友」キャラクターが出てくるなど、ちょっとステレオタイプなところもありますが、今でも楽しめる作品だと言えるでしょう。

 シェールは美人でお金持ちで性格も良く、人気者で学園の女王のような立場にあるのですが、この手の映画のヒロインとしては珍しく、ボーイフレンドがいません。ファッションに厳しいシェールは同級生の男の子たちを汚い格好でセンスのない子供っぽい連中だと思っており、ほとんど興味を示しません。やっとシェールの心を捉えたオシャレなクリスチャン(ジャスティン・ウォーカー)は結局、ゲイだとわかります。そんなシェールが最後に選ぶのは義兄で大学に行っている弁護士志望のジョシュ(ポール・ラッド)です。ジョシュはシェールの父メル(ダン・ヘダヤ)の前妻の息子で、2人の間に血縁はないのですが、一応兄妹として家族付き合いをしています。

 今ではアントマン役ですっかり大スターとなっているポール・ラッドが若々しくて好感度が高いので見ている間はあまり気にならないのですが、大学に行っている年齢の、しかも義兄と16歳の女の子が付き合うのがハッピーエンドというのは、今だとけっこう妙な話と受け取られるだろうと思います。2人の間に性交渉があるかどうかは明示されていませんが、シェールとジョシュのキスは物語のクライマックスでロマンティックに描写されています。原作の『エマ』でもヒロインのエマとジョシュにあたるナイトリーは義理の兄妹で、年齢が違うのに昔からお互いをよく知っているという設定なので、おそらくそれを現在に移し替えようとしたと思われます。

 私はこの映画をイギリス文学の授業でよく学生に見せているのですが、ここは注意を促すようにしています。90年代にはこういうふうにイケてる女の子が年上の男性と付き合うのがもてはやされるようなこともあったけれども、今は性別や性的指向にかかわらず、大学生が高校生と付き合い始めるのは大人としての責任にそぐわないということを付け加えています。そもそも今の若者は触れているカルチャーや育ってきた家庭の形によってはこういう恋愛は近親相姦っぽくて「キモい」と思うかもしれないので、90年代にはこういうのはキモい扱いではなかったのだ、と説明することも重要です。

1 2

「昔はオシャレだった年上男性との恋愛~『クルーレス』『トレインスポッティング』における問題含みな「カッコよさ」」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。