『ユダ&ブラック・メシア』とH.E.R.〈Fight For You〉――映画を深める二つのミュージックビデオを読む

文=小森真樹
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『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』DVDレンタル中 10月8日発売開始【Amazon.co.jp限定】DVD 4,980円(税込)  発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント 販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント Judas and the Black Messiah (c) 2020 Warner Bros. Entertainment Inc., MACRO JWMH, LLC, Participant Media, LLC and BRON Creative USA, Corp.

「われわれ」はどう生きるか?

 2021年のオスカーではアフリカ系アメリカ人の歴史を描いた良作が揃った。黒人解放の活動家マルコムXがモハメド・アリらカルチャーレジェンドたちと運動の行方について熱く議論する『あの夜、マイアミで』や、「ブルースの母」を軸にブラックミュージックが白人社会と向き合う態度を問うた『マ・レイニーのブラックボトム』、ループもので何度起きても白人警官に殺され続ける黒人青年の無限の「一日」を描いた『隔たる世界の二人』……。

 ジョージ・フロイド殺人事件を引き金に世界的運動となったブラック・ライヴズ・マターに呼応しているのは言うまでもないが、これらの作品は、「歴史」とそれに向き合う「態度」にまつわる普遍的な問いを扱ったものでもある。「黒人の歴史や社会における苦難」を題材にしてはいるが、そこでの問いは、あらゆる人々へ向けられたものだ。すなわち、人々は歴史に定められた条件を生きざるを得ないが、そこで「われわれ」はどう生きるのか? という問いである。

 『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償(原題:Judas and the Black Messiah)』もまた、黒人解放運動を題材にしつつ、裏切り者ユダと救世主という題に見られるように、立場が異なる人々の生き方の違いや摩擦、葛藤を主題としている。H.E.R.による主題歌〈Fight For You〉がアカデミー歌曲賞を受賞した本作について、本稿ではミュージックビデオという角度から論じてみたい。

 映画に先立って公開された2つの楽曲MVには、テキストによる解説と資料映像から史実を伝えるものと、映画のフッテージも交えたストーリー仕立てのものがある。いわば〈教科書編〉と〈物語編〉の2種類である。これらが映画を補完する役割を果たしている。先に観ておくと本編がより一層面白くなるはずなので、MVで「予習」をしておこう。

(日本では映画が先日レンタルリリースされたばかり。残念ながら劇場公開ならず。10月にはDVDが、来年1月には配信が開始される)

〈教科書編〉 ミュージックビデオで歴史を学ぶ

 映画はブラックパワーのスローガンで知られるブラックパンサー党を描いたもので、史実に基づいた話である。物語の中心は二人の男。一人は、天才的な演説で党の勢力を拡大し21歳で若きイリノイ州議長となったフレッド・ハンプトン。先住民やラテン系、中国系コミュニティなど人種を超えて連帯する一方で経済困窮者へも手を差し伸べ、「虹の連合」を組織することで運動を拡大した。

 もう一人は、党員のビル・オニールだ。党の勢いを危険視した連邦警察FBIはブラックパンサー党をテロ認定し、潜入操作を画策する。車を盗難した罪に目をつぶることをオニールに持ちかけて、“ユダ”として党に送り込む。

 〈教科書編〉のビデオは、4月アメリカでの映画公開時にYouTubeでリリースされている(映画のアカウントからの配信)。基礎的な歴史や情報をコンパクトに伝えていてとても良いので、映画を観る前にこれで予習したい。

(日本語字幕版がないようなので、ぜひ出してほしい。基本情報は、むしろアメリカ以外の地域でこそ必要では?)

 例えば、ブラックパンサー党は、M・L・キング牧師の非暴力主義との対比から、武力闘争も辞さずに戦ったと組織の暴力性が強調されることが多い。しかし、元は警察や白人至上主義者から命の危険に晒されていた黒人コミュニティの自警団として始まり、次第に衝突が高まっていったという歴史的経緯がある。

 暴力は誰が、いつどのようにして始めたのか、なぜ必要であったのかという視座や、しばしば見過ごされがちな警察や当局など公権力が暴力を行使しているという視点は(日本国内では特に見過ごされているだろう)、映画が描く史実を考えるために不可欠である。

 その一方で、ブラックパンサー党は、上述した差別を受ける人種的マイノリティとの連携に加えて、困窮者への食事提供や子供への教育プログラム、また障害者への福祉や法整備への貢献などでも知られている。党を拡大する「手段」として社会正義を利用しているといった類の批判も見られるが、社会的弱者同士でつながることが“なぜ必要だったのか”を考えることが肝要だ。それは、彼らが社会に“置き去り”にされていた(いる)からである。社会とは皆でつくるものではあるが、公権力は誰にとっても良い社会をつくるための手段や基盤を公正に整える責務がある。それが不十分ならば、弱者は連帯し政府の改革を求めざるを得ないし、人は個人の自由や権利を縛られてまで社会・国家へと所属する必要を感じないことだろう。

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