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特別養子縁組をご存知でしょうか? 特別養子縁組は、子どもの福祉のために(親のためではなく)、子どもが実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、養親(育ての親)と実子に等しい親子関係を結ぶ制度です(※)。
そんな特別養子縁組制度が成立した翌年の1988年、うさぎママ夫妻は児童相談所の仲介で0歳の娘・アンちゃんと出会い、その後、親子になりました。この連載は、アンちゃんが大人になるまでの日々を感情豊かに綴った書籍『産めないから、もらっちゃった!』(2012年、絶版)の改定版を公開するものです。
※厚生労働省 特別養子縁組制度について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000169158.html
<前回までのあらすじ>
特別養子縁組を希望し、赤ちゃんの委託を待ち焦がれていた著者夫妻ですが、いざ打診が来ると「かわいく思えなかったら」と不安に。ところが、ひと目で「この子のために生まれてきたのかも」と思い、1週間後に家に迎えることに。
第2章 ようこそ!アン
あっという間に1週間が過ぎ、いよいよアンを迎えにいく日がやってきました。その日の様子は、昨日のことのように今でもはっきり覚えています。晴れ渡った土曜日の午後でした。濃いブルーの空にくっきりと浮かんでいた雲。強い風の中、あちこちに満開のコスモス。
児童相談所へ行き、白いベビードレスを着たアンを私が抱きました。夫が、ちっちゃな手に太いひとさし指を握らせてあやすと、アンはほのかに笑いました。「まあ、お父さんに笑うてるよ、もうわかるかね」と年配の職員さんがあたたかい声で言いました。それはそれは幸せな瞬間!
そのとき、職員さんから、助産院を出たアンを家庭で1か月間育ててくれた方が書かれたメモを手渡されました。使い慣れているオムツやミルク、哺乳瓶の乳首の種類、ミルクの時間などのほかに、アンの好みやクセも書いてありました。
アンについて。少し抱きぐせがついています。泣くと、声が高いのでびっくりすると思います。昼間にあまり寝かせていると、夜あまり寝てくれなくなるので、昼間はあまり寝かせないほうが楽です。寝かしてもぐずぐず言うときは、背中をたたいてやると安心して寝ます。横抱きより縦抱きのほうが、胸と胸がくっつくので安心するみたいです。
少し抱きぐせがついています、というくだりを読んだとき、ありがたくて号泣しました。
どう考えても運命としか思えない、我が子との幸せな出会い。産んでくれた実母さん、1か月間育ててくれた方、児童相談所の方々、養子縁組可能な家庭をともにつくってくれた夫のマシュー、そして神様、ありがとう! 出産の痛みはまったく経験せずに、こんなにかわいい子の母親になれるなんて。限りなく無神論者に近い私ですが、この日も神様に感謝でもしないと気持ちの持って行き場がないほど幸せでした。
でも、そんな感激にひたれたのは、家へ帰りつくまでのこと。それから激動の3日間が襲いかかってきました。
生まれてたった40日のアンは、ベビーベッドに寝かすと泣くので抱きっぱなしで、食事は夫と交代で流し込む始末。お風呂も大泣きするので、ふたりがかりで大汗をかきながら入れて、その汗を流す間もなく世話するというせわしなさ。アンを迎えた初めての夜は、どうしてもどうしてもアンが泣き続けるので、仕方なく私の乳房をふくませました。たった一度きりの授乳体験です。真っ赤に腫れ上がった乳首に、翌朝は私が泣くことになりました。
初めての家で、初めての空気を吸って、小さなアンのほうがもっと大変だったでしょう。生後40日でこれですから、いろいろとわかり始めた年齢なら、さらに大変だろうと思いました。3日間の休暇をとっていた夫は、4日目の早朝には仕事へ。「これ以上、家にいると疲労で死ぬ」と言い残して……。
幸い4日目には保健師さんの訪問指導があり、ありがたかったです。定年を控えたベテランの肝っ玉母さんみたいな方で、次々とアドバイスをしていただいて、私はとっても気が楽になりました。
「夜中のミルクは20ccも飲まないので心配で」と言う私に「やめちゃいましょう。夜だけ紙おむつにして、おむつ替えだけでいい。そうしたら夜中には起きなくなるくせがつくから」と答える保健師さん。本当に朝まで熟睡してくれるようになりました。そのほか「お風呂場にバスタオルを敷いてお湯をかけて温めた上に赤ちゃんを寝かせれば、両手を使って安全にきれいに洗える」なんていう裏技も実用的で助かりました。
また「離乳食はつくらない」という過激な指導も。手をかけてつくると無理に食べさせたくなるのでかえって食の細い子になってしまうし、大人のおすそ分けなら残しても気楽だから親子のためになるとか。もちろん素直で手抜きが好きな私は、その通りにしました。
特に忘れられないのは「抱きぐせがつくほど、抱っこしてあげてください。抱っこしてもらっていない子が、大きくなって児童相談所に来るんです」と言われたこと。もちろん、抱きますとも! 抱っこしているあいだに眠ったアンのかわいいこと。ベビーベッドに寝かせるのが惜しいほど。たとえ腱鞘炎になろうとも抱き続けようと思ったら、その後、見事に腱鞘炎になりましたが。
こんなふうに娘・アン、私・うさぎ、夫・マシューの3人家族の新生活が始まりました。