小児科医・森戸やすみさんが「スマホ育児」批判のおかしさを指摘し続けている理由

文=大西まお
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GettyImagesより

 「スマホ育児」という言葉をご存じでしょうか? 親や子どもがスマホを使うことを批判するときに使われる言葉です。多くの人にとって、スマホは悪いものではなく、様々なことに使う生活必需品。また「スマホ育児」批判には、根拠が示されていないことが多々あります。そこで、2017年頃から「スマホ育児」批判のおかしさをWEB上の記事やSNS、書籍などで指摘し、先月は第30回日本外来小児科学会のシンポジウム「スマホ・デジタルメディアとの付き合い方」にて「スマホが豊かにする子育て」という題名で講演をした小児科医の森戸やすみさんに詳しくお話をうかがいました。前編・後編の2回に分けてお伝えします。

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森戸やすみ
小児科専門医。東京・台東区の「どうかん山こどもクリニック」院長。子どもの発達や健康、育て方についてなど、医療と一般の架け橋となるような記事を書いている。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママの子どもの病気とホームケアBOOK』、『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(内外出版社)などがある。 twitter:@jasminjoy

どうかん山こどもクリニック

ーー改めて「スマホ育児」ってなんでしょうか?

 「スマホ育児」と言われるものには、ふたつあります。ひとつは、妊娠中または子育て中の親がスマホを使うこと。もうひとつは、子ども自身がスマホを使うことです。どちらも「スマホ育児」と呼ばれていて批判されています。

 育児のあいまに新聞を見ても「新聞育児」とは言いませんし、ゲームをしても「ゲーム育児」とは言いません。またスマホは、短時間だけなら子どもの気をひくことができますが、授乳したり、おむつを替えたり、お風呂に入れたりなどはできません。ですから、「スマホ育児」って変な言葉ですよね。

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森戸やすみさん「スマホが豊かにする子育て」スライドより

ーーどのように「スマホ育児」は批判されているのでしょうか?

 一般的に、親が育児中にスマホを見ると、子どもの見守りができずに危険、子どもとの関わりが減って愛着が育たない、ほったらかされた子どもの発達が歪むなどといった説がありますが、どれも根拠は示されていません。

 もちろん、もしも親がスマホだけを一日中ずっと見ていたら、子どもの見守りができずに危険だと思いますが、そんなことはあまりありません。本当に子どもの世話ができず、一日中スマホを見ているとしたら、確実に親への支援が必要でしょう。スマホではなく、ずっと新聞を見ていても危険です。問題はスマホ自体ではないんです。

ーー様々な親から、小児科などで日本小児科医会による「スマホに子守りをさせないで」というポスターを見て不安になったという話も聞きます。

 それは私も聞いたことがあります。日本小児科医会からは「スマホに子守りをさせないで」というポスターだけでなく、リーフレットなども出ています。小児科クリニックの壁などに貼ってあることもあるようです。

 ポスターには、例えば授乳中のお母さんのイラストがあって「赤ちゃんと目と目を合わせ、語りかけることで赤ちゃんの安心感と親子の愛着が育まれます」と書いてあるところに大きなマル、一方「ムズがる赤ちゃんに、子育てアプリの画面で応えることは、赤ちゃんの育ちをゆがめる可能性があります」と書かれているところには大きなバツが書かれています。その時点で、おかしいですよね。

ーー授乳は長時間かつ頻繁なので、赤ちゃんを見続けることは難しいと思います。また、赤ちゃんにスマホを見せ続ける人は少ないのではないでしょうか。

 そうそう、個人差はありますが、授乳には1回15〜30分くらいかかり、1日8回くらい行うこともあります。だから授乳の最中に親がずっと赤ちゃんだけを見ておくのは、現実的ではありません。親だってスマホでニュースや漫画を読んだり、ゲームをしたり、何かをネットで注文したり、仕事の確認をしたりしていいんです。そのせいで問題が起こるなんてことはありませんから、不安を感じないでほしいと思います。授乳時以外にも十分に触れ合えるはずです。ちなみに、授乳時は前かがみだと赤ちゃんが飲みづらくなってしまうので、目を見る姿勢はあまりよくないでしょう。

 そして、ムズがる赤ちゃんをスマホアプリであやしたり、スマホを見せ続けたりする親もめったにいないでしょう。あまり、見たことがない人が多いのではないでしょうか。

 こういった根拠のない脅しによって、真面目な親ほど「授乳中はずっと目を見ていないと」「声かけしないと」「スマホは一瞬も見せないように」などと追い詰められてしまうことがあるので、むしろ注意が必要でしょう。また、スマホが必要で使う親へも周囲の視線が厳しくなりそうで心配です。

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公益社団法人 日本小児科医会ウェブサイトより

ーー親が必要に応じてスマホを見るのを批判されること自体がよくわかりません。

 本当にそうですね。私が何度も繰り返し伝えていることですが、スマホはニュースや書籍や漫画を読んだり、ゲームをしたり、電話をしたり、メッセージを交わしたりするだけでなく、仕事にも使うし、何かを調べたり(育児情報も)、必要なものを注文したりなどにも使います。もはやインフラです。

 そして「使うべきでない」という根拠や合理的な理由もなく、他人の行動を制限しようとしていいわけがありません。自己決定権は大事なものです。医師の仕事は、根拠ある医学や健康に関する情報を伝えることであって、根拠なく生活指導をすることではありません。パターナリズムだと思います。

ーー子どもの場合も、スマホを使うと悪いことばかりあるかのように言われています。

 私もそう思います。前述の小児科医会は、「スマホの時間 わたしは何を失うか」というポスターも作っています。確かにスマホを使うときは、視力低下に注意が必要です。でも、本を読んでいても、視力が低下したり、夜更かしをして睡眠時間が減ったりすることもあるでしょう。別にスマホを使っていなくても、体を動かさなければ体力はつきません。スマホを使うほど学力が下がるという調査結果もありますが、反対の調査結果もあります。脳機能やコミュニケーション能力については、まったく根拠がありません。だから、これでは脅しのように見えます。実際、繊細な子どもなら、スマホは特別に怖いものだと誤解してしまうでしょう。

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公益社団法人 日本小児科医会ウェブサイトより

ーーしかも、専門家が言っていることなら根拠があると思ってしまい、広まりそうですね。

 2010年頃からスマホが普及し、2014年頃には「スマホは危険なのでは」「子どもによくないのでは」などという漠然とした不安が広がり、2017年には前述の日本小児科医会のポスターが出ました。ネット上にも「スマホ育児はダメだ」「スマホを子どもに見せるな」などという、不正確かつ攻撃的な言及が増えました。

 こうして漠然とした不安と新しいものへの恐怖があるときに、わかりやすく「危険だ!」などと断言されると、多くの人は「やっぱり危険なんだ!」「教えてあげないと!」という使命感を持つにいたって、間違った情報が広まってしまい、社会に影響を与えてしまうインフォデミックが起こるわけです。新型コロナワクチンに関しても同じことが起きています。私たちは、このインフォデミックに気をつけないといけないのです。

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森戸やすみさん「スマホが豊かにする子育て」スライドより

 ですから、私は2017年頃からSNSやニュースサイトなどの記事、書籍などで「スマホ育児」批判のおかしさについて、またスマホの利点についても発信してきましたし、他のことに関してもなるべく正確な情報を伝えようとしています。

※後編「『スマホを見るな』と言わないで!小児科医・森戸やすみさんが指摘するスマホの利点」ではスマホの実際の利点と問題点についてお伝えします。

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