虫の擬人化に要注意!? カイコ、カマキリ、蝶……ヒトとまったく違う虫たちの結婚(交尾)

文=ムシモアゼルギリコ
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オスとメスが交尾すると、子どもが生まれるね! ええ、確かにそうなのですが……。

 自然や生き物のしくみを子供に説明しようとすると、避けて通れないもののひとつが「生殖」について。しくみを的確に表現するのが難しいうえ、ことに「交尾」が悩ましく……。それはなぜか? 今回は、虫にまつわる些末なモヤモヤについて、お付き合いください。

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 羽化させたり捕まえたりした虫を、その後どうするか。家庭内で「虫は食べる派(自分)」と「虫は食べない派(娘)」に分かれているため、外に放つか食材として冷凍するかで度々押し問答が発生します。そもそも、おかーさんが手伝って捕った虫なんだから、半分は(食材として)よこしなさいよ! すると保育園児の娘はこう言うのです。

娘「でも、(外に放った虫は)これからお嫁さん見つけて、結婚するんでしょ!」

 いっぱしの事を主張するようになったなぁ……としみじみしつつ、生意気なことを言われるとつい、意地悪で返したくなる。え~。お嫁さん探したって、全部の虫が結婚できる(交尾できる)わけじゃないんだよ~だ。そもそも、結婚(交尾)しない虫だっているんじゃないか(だから食べさせて)。

娘「結婚しないより、したほうが絶対しあわせでしょ!!!」

 それはヒトの話? 虫の話? 

 娘が出会う虫たちはその両親が交尾・繁殖に成功したから今そこに存在しているわけで、引き続き子孫を残すべく、ひたすらに交尾を求める態度に迷いはありません。しかし娘の主張するそれは、200%擬人化した世界。本能で交尾を求める虫たちに、幸せをもとめる人間社会の結婚観を重ねてしまうのはどうなんでしょ。しかも「王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさ」の、クラシカルな世界観である気配。娘~、結婚イコール幸せってのは、今の世の中では古いのですよ?

 とはいえ新しい物事について(娘にとっては虫の交尾)、自分に置き換えてみることで、理解を深める傾向が人間誰しもあるといいます。子供はそれが特に顕著なのでしょう。その特性を生かして学習させるためか、子供向けの本では交尾を「結婚」と表現していることが少なくありません。他にもベッドに寝たり、学校に行ったり、音楽会を開いたり。そんな具合に人の生活に置き換えられた虫の暮らしが、メディアで発信されるひと昔前の結婚観と混ざり合い、冒頭の娘の発言が生まれたわけです。

 とある講座で、「生殖(セックス)を人間で説明すると子供には生々しいので、他の身近な生き物で説明しましょう」という提案を聞いたことがあります。最近メディアによく登場している「明るく性教育をしよう」なるコンセプトの協会では、生殖を理解させるためのカードゲームに虫の交尾も出てくるようです。オスとメスのカード、そして重なり合って合体する様子の描かれた交尾カード。

 ああ困る。マジ困る。「虫を理解するために、自分と置き換えて考えてみる」のは、いいとしましょう。しかし方向を間違え、人間のことを理解するために虫を擬人化して「正しい」と思い込んでしまうと、後に困ったことになりそうです。特に今の時代の人権中心の性教育と、男女平等を目指すジェンダー教育の中では。

 精子と卵子が出会って子供が生まれるしくみは、確かにヒトも虫も変わりません(単為生殖とかもいるけれど)。ところがプロセスとなると、人間社会のそれとはかけはなれています。まずは基本、虫は「オスが攻め、メスは拒む」という攻防戦が多いといいます。それはメスのほうが卵を作るのに体の負担が大きく、それを簡単にとられてたまるかと拒むから。一方オスはメスと比べると精子の生産コストが低く、フットワークが軽くイケイケ姿勢で、奪い合うように競争します。種族繁栄のために適した競争や対立なのでしょうが、擬人化必須な子供たちに、それらをどう説明すればいいのでしょうか。これ、ホント皆さんどうしていますか? さらに詳しく虫の交尾を知ると、擬人化した場合相当に不道徳にすらなるのです。

  例えばカイコ。カイコは人が世話をしないと生きられない完全家畜化昆虫ですが、交尾も人が介入しなくてはなりません。一度合体すると、自分たちで終えることができないのです。消耗しきってボロボロになるまで交尾し続けるので、人の手でオスとメスを左右に引っ張り、結合部をブチっと引き抜く必要がある(やめられないとまらない~は、虫なのにサルのごとし)。無理せぬように不備がないよう監視がつくセックスなんて、江戸時代の将軍様でしょうか。昔は偉い人たちもこんなセックスをしていてね……って性教育の前に歴史の話をしてどうする。

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虫の擬人化に要注意!? カイコ、カマキリ、蝶……ヒトとまったく違う虫たちの結婚(交尾)の画像2 ウェジー 2021.07.23
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カイコの交尾。ヒトの手で引き離すことを「割愛(かつあい)」と呼ぶ。

 性行為には前後のコミュニケーションや思いやりも大切だとされている昨今、交尾が終わるとオスがダッシュでトンズラするカマキリは、反面教師にすればいいでしょうか? カマキリのメスは交尾後、子を産むための栄養としてオスを捕食するのは広く知られていますが、野外では逃げ場が多いため、事が済むとオスは秒で姿を消すことも少なくないそうです。先輩に体を許したら、そのあと冷たいの……なんてさめざめと泣く、90年代によくあったようなティーンズラブ漫画のシチュエーションを思い出してしまいます。よくある話よ……なんてスレた会話は、性教育の基本がすんでからですね。でもカマキリは命がかかっているのだから、決してヤリ逃げ扱いしてはいけませんが。

 凄まじさでは、優雅に飛び回る蝶も相当です。一部の蝶は交尾のあと、自分以外のオスの精子を入り込ませないため、メスの交尾口に袋をくっつけ貞操帯とするワザを繰り出します(一夫一妻を主張する、純潔主義っぽ~い)。しかし思惑通りに事は運ばず、貞操帯が固まりきらない交尾直後のタイミングを狙い、他のオスが力づくでそれを破壊。自分の精子をねじ込もうと突撃してくるのだとか。さらにそんなまどろっこしいことをしない個体も存在し、交尾の真っ最中に襲い掛かり、メスを巡ってオス同士で乱闘するドラマも発生するそう。なんだろうコレ、エロ漫画の世界ならNTR(寝取られ)ですか? そんなこと、子供はまだ知らんでよろしい!

 そのほか、交尾した直後爆発して死ぬ、特攻隊なミツバチのオス。集団見合いをして見栄えのいいオスを選ぶシュモクバエの仲間は、合コン女王のごとし。ヒトの四十八手も顔負けの、虫たちの交尾模様です。

 詳しい生態まで説明することないのでは? などというささやかな親のごまかしは、子供の興味に火がつけばあっという間に突破されるのが世の常です。じゃあウソはないようにと説明しようにも不道徳な例外が多すぎて、ああ、とても子供に教えられません。特に擬人化を用いては。

 だって今の性教育って、こんな感じですよね。性行為には何より同意が必須で、体の「プライベートゾーン」と呼ばれる部分は親でも勝手に触ってはならぬ大切な場所。ボディタッチだけでなく、いやだと感じたらきちんと主張するetc.生殖のしくみや性行為そのものだけでなく、人権を重視する、犯罪に巻き込まれない知識が軸になっています。

 虫は我々とはかけ離れた生き物で、交尾・生殖のしくみも多種多様。その面白さは多くの人を虜にし、大女優のイザベラ・ロッセリーニも長年、虫の生殖をテーマにした『グリーンポルノ』というひとり芝居を展開し続けています。感動的な小宇宙ですが、だからといって子供に説明するときは要注意。ことに虫を理解するために自分と比べるのはいい方法ですが、逆に人間社会の正しさを虫から学ぼうとすれば、親も子供も大混乱すること間違いナシ。日常生活の中で出会える身近な生き物だけに、伝え方が悩ましい。しかも、社会の中で他の生物の感動話を引き合いに「それを見習ってがんばろう!」と話を展開するタイプの人はこれらの不道徳な生物たちを意図的に無視しているわけで、高確率で胡散臭いという個人的な偏見がありまして……。そういう与太話に納得してしまわないためにも、ヒトと虫は違うことを前提として、子供が事実にたどり着くまで淡々と見守っていくのが無難そうです。

参考文献

『すごい虫のゆかいな戦略』(安富和夫・講談社)

『昆虫の交尾は味わい深い…。』(上村佳孝・岩波書店)

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