「動物のお医者さん」に黒人はいない?
アファーマティヴ・アクションを含む様々な支援策によって黒人の進学率も徐々に高まっているが、人種間の進学格差はまだ広い。さらに同じ学歴を得ても就職と職種の格差が存在する。
現在、獣医師は全米に10万人以上いるが、そのほとんどが白人であり、労働統計局のデータには「黒人0%」と出ている。実際にはごくわずかの黒人獣医師が存在するものの、統計上は「0」となるほどの少数だ。
黒人の獣医師がこれほどまでに少ないのには複合的な理由がある。まず、獣医師学校の学費が高額であること。ただし近年はやはり高額なメディカルスクールに進んで医師となる黒人も増えており、獣医師よりも多くの黒人医師が存在する。獣医師の少なさに経済力以外の理由があることを示唆している。
アメリカでは子供や若者は、自分と同じ人種の大人が就いている職業に憧れる、もしくは目指す傾向がある。スポーツを例にとるとヴィーナス&セリーナ・ウィリアムスの登場によって黒人のテニス人口が増え、今では大坂なおみを筆頭にウィリアムス姉妹に憧れた世代の活躍が始まっている。逆に言えば黒人のスター選手が存在しない種目に興味を抱く黒人の子供は少ない。
実利的な職業も同様に、身近にその職業に就いている大人が多いほど「自分もなれる、なろう」となり、親や教師もそうした職業を子供に勧め、具体的なアドバイスが行われる。また、すでにその職に就いている家族や知人が多いほどコネクションによる同じ職種への就職も起こり易い。
つまり、黒人の子供や若者にとって獣医師は身近に存在しない職種と言える。白人に比べると黒人のペット所有率は低く(住環境、および経済的な理由があると思われる)、黒人地区に獣医師が少ない理由となっている。また、黒人には畜産農家を含む農業従事者が極度に少ない。したがって家畜との接点も少ない。ところが獣医師学校には入学申請の段階で「獣医や動物シェルターなどでの経験」を求めるところがある。動物病院も動物シェルターもない地区で育った若者には非常にハードルの高い条件となっている。いくつもの不利な条件を乗り越えて獣医学校に入学すると、黒人の学生は他人種に囲まれ人種的疎外感を持つ。さらに獣医師となった後も、時には白人クライアントからの人種差別を体験することとなる。
獣医師以外に黒人が極端に少ない職種に「編集者」がある。2008年に米国初の黒人大統領が誕生し、選挙戦時より黒人有権者の動向をリポートするために黒人のライター、ジャーナリストが多く採用された。その後も黒人ライターの数は増え続けている。しかし、メディアにどのライターの、何に関する記事を掲載するかを決めるのは編集者である。世論を動かすキーとなる職種に、黒人はまだ就けていないことになる。
「白人 vs. 黒人」からアジア系の躍進に
かつてアメリカの人種問題は「白人 vs. 黒人」だった。しかし今ではアジア系、ヒスパニック(中南米系。ラティーノとも言う)の存在も大きく介在している。下の表でわかるように、全米では人口比6%に過ぎないアジア系が大学院卒者の21%を占め、所得も白人を大きく上回っている。また、進学率では黒人を若干下回るヒスパニックが、年収では黒人を追い越している。このように各人種民族間の教育・就職・収入の関係は複雑なものとなっている。
世帯所得中央値 | 大学院卒(修士、博士取得)(2015) | 失業率(2020/2月) | 人口比率(2019) | |
アジア系 | 95,000ドル | 21% | 2.4% | 6% |
白人 | 75,000ドル | 14% | 3.0% | 60% |
ヒスパニック | 55,000ドル | 5% | 4.4% | 19% |
黒人 | 46,000ドル | 8% | 6.0% | 13% |
ニューヨーク市に500以上ある公立高校のうち、トップ8校には特別入試がある。卒業生の多くがアイヴィーリーグなど一流大学に進む、まさにエリート校だ。この8校の今年度の新入生の総数約4,300人のうち、半数以上をアジア系が占めた。中でもマンハッタンにあるスタイヴサント校はアジア系の比率が極めて高く、全校生徒の7割以上となっている。対して黒人の生徒はわずか1%だ。
アジア系の中には子供の教育を目的に一家で米国に移住するケースすらあり、アジア系の生徒の優秀さは親を含むアジア系コミュニティー全体の学力主義、そこで育つことで本人に備わる勤勉さによる。全米のデータによると、アジア系の比率が極めて高い職種はコンピュータ・ハードウエア・エンジニア、医学者(メディカル・サイエンティスト)などとなっている。
他方、白人家庭はアメリカ伝統の「リーダーシップの育成」に努める。生徒会、ボランティア活動、夏期休暇中のキャンプ参加などを熱心に行わせ、入学申請に有利なリーダーシップの素養を養う。
ラティーノは自身が移民、または二世が多く、低所得、英語が不得手といったハンデを持つ。そのため進学率は黒人より低い。しかし移民として働く親の職業を引き継ぐ傾向にあり、建築、内装、造園、農業、調理人など学位は不要ながら技術を要する手堅い職に就き、高額ではないにせよ安定した収入を得る。ラティーノに限らず、アメリカには特定の職業が特定の人種民族に占められる傾向があり、これもアフリカン・アメリカンの職業進出の妨げの理由の一つとなっている。
アフリカン・アメリカンは白人のように経済力と親の時間的余裕に支えられた課外活動が行えず、アジア系のように勉学にひたすら集中する文化を持たず、ラティーノのように親から堅実な職を受け継げない。したがって進学と高収入へのハードルが非常に高くなる。歴史に基づく制度的人種差別と、後に始まった移民の流れの狭間に置かれてしまったのだと言える。
もっとも、上記はそれぞれの人種民族を総括するものではなく、表層を切り取って「黒人は無職」「アジア系はモデル・マイノリティー(お手本となる優秀なマイノリティー)」といったステレオタイプを生み出す弊害も出ている。実際はアフリカン・アメリカンにしても大卒もしくは院卒が必須であるソーシャル・ワーカーに比率が高いといった現象がある。
実のところ、そのソーシャル・ワーカーも多くは黒人女性であり、黒人男性は進学と就職にさらなる困難を抱えている。オバマ元大統領が現職時代に “マイ・ブラザーズ・キーパー” と名付けたNPOを立ち上げ、黒人とラティーノの青年への教育支援を続けている理由だ。
(堂本かおる)
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