現実のレズビアンに目を向けたGL作品を『作りたい女と食べたい女』編集者インタビュー

文=餅井アンナ
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ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)

 ゆざきさかおみ先生による漫画『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)。ComicWalker(COMIC it)にて連載中のこちらの作品は、料理を作るのが大好きな野本さんと、たくさん食べる春日さんという二人の女性の関係を描いた「シスターフッド×ご飯×GL(ガールズラブ)」コミックです。社会で感じる生きづらさを、“作って食べる”ことでともに消化してきた二人。9月17日に更新された第16話では、野本さんが自身をレズビアンであると自覚します。

 担当編集のKさんは「ガールズラブをテーマとした作品の中で、登場人物によるセクシュアリティが表明されるのは稀なこと」と語ります。作品に込められた思いや、GL・百合というジャンルを取り巻く問題について、ゆざき先生に代わり担当・Kさんにお話を伺いました。(聞き手・構成/餅井アンナ)

※こちらの記事には、本編第16話のストーリーに触れる内容があります。

「絶対にGLとして売ってほしい」

――最新話(9月17日更新)の第16話では、野本さんが「自分はレズビアンで、春日さんのことが恋愛対象として好きだ」という自覚を持つ場面が描かれています。もともと「シスターフッド×ご飯×GL」というキャッチコピーを冠した作品でしたが、ここに至るまでに相当な話数を経ていますね。

 「野本さんと春日さんの関係をGLとして描く」という点は、ゆざきさんが当初から大事にされていたことで。ゆざきさんが個人のツイッターアカウントでも表明していらっしゃったように、『つくたべ』は百合でありGLであり、野本さんと春日さんという二人のレズビアンの話なんです。

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ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)より

 ただおっしゃる通り、野本さんが自覚するまでの道のりがすごく長いんですよね。それまでの野本さんは「まだ自分のセクシュアリティを自覚していない、異性愛規範に囚われているレズビアン」という状況でした。そこから16話かけて自覚へ……というのはなかなかないパターンかもしれませんが、これは大事な部分なので丁寧にやりましょう、と。16話のネームもかなり練っていただきました。

――GL、あるいは百合というジャンルで「レズビアンだ」という表明がなされる例は、あまりないのではないでしょうか。

 キャラクターに自覚表明をさせるケースがすごく少ないし、そもそも「レズビアン」という単語自体、作品の中に出てこないことがほとんどですね。

 ゆざきさんは「レズビアンの人物をレズビアンとして描かないことは、現実にいる女性同性愛者の存在を透明化することに繋がるのではないか」という懸念から、そこは誠実に表明しておきたいと考えていらして。この透明化の議論ってBLのジャンルでは比較的進んでいるかと思うのですが、GLは読み手・書き手の母数が少なかったりという問題もあって、これまであまり活発ではなかったんですよね。

――たとえば溝口彰子さんが『BL進化論』(太田出版)で取り上げられているような、現実の同性愛者に目を向けた作品はまだGLのジャンルでも少ない。

 そうですね。最近はそういった目配りのあるGL作品も出てきてはいるのですが、まだ発展途上といった感じでしょうか。

 あとは、二人の関係について「ロマンシス」的な……つまり男性同士の「ブロマンス」と対になるような「恋愛や性愛を含まない同性間の親密な関係」という表し方はしたくない、ともおっしゃっていました。「絶対にGLとして売ってほしい」とのことだったので、私も編集としてそのラインはしっかり守りたいな、と。GL・百合的にはおそらくまだ珍しいジャンルということもあり、書店さんでどの棚に置いてもらえばいいかなど色々と悩ましい部分はありますが……。

――なるほど、棚の問題などもあるのですね。

 コミックスをたくさんの方に読んでいただいているおかげで、なんとなく「話題作」のコーナーに置いてもらえてはいますが(笑)。百合というジャンルって、現状、商業的な文脈では男性文化の中に取り込まれている面があって。

 百合も起源としてはBLと同じ「女性が発信する女性のための文化」ではあったものの、今の読者層の男女比って、微妙に男性の方が多いんですよね。媒体的にも男性誌で掲載されている作品が多いですし。

――「女性のための百合」というのが、逆に新しくなってしまっている?

 かもしれません。描き手の方は女性が多数派と聞きますけどね。BLとは母数が全然違うというのもあって、悲しいことに「百合・GLは売れない」というのが出版業界の常識と化しているくらいなんです。百合を中心に議論が巻き起こるということも、BLと比べるとかなり少ない。私自身、百合好きということもあって「社会がもっと百合のことを考えてくれたらいいのにな」という気持ちは強く感じていました。なのでツイッターなどで読者さんが『つくたべ』にまつわる議論を活発にしてくださっているのは、百合・GLというジャンルにとってもいいことなのでは、と思っています。

恋愛と友情の序列化、恋愛と性愛の違い

――野本さんと春日さんの関係についても、ツイッターなどではさまざまな声が上がっていましたね。二人が構築しているのは恋愛関係なのか、それとも別の何かなのか、読者さんによって感じ方が異なっていた部分もあるようです。

 二人の関係の熟し方や、野本さんが自覚するまでを長めのスパンで描いてきたこともあってか、読者さんの捉え方が分かれているなというのは感じていました。これは恋愛なのか友情なのか……。ゆざきさんとしては、友情と恋愛に序列をつけたくはない、どちらも平等に扱いたいという意志があるんですよね。「これは恋愛とかじゃなくてもっと崇高で純粋なものなんだ」とか、反対に「これは友情を超えた特別なものなんだ」とかの捉え方はしたくないとおっしゃっていました。

 これは私個人も不思議だなと思うんですが、とくに恋愛の場合、「恋愛関係になる=俗っぽい」みたいなマイナスイメージが付きやすかったりするじゃないですか。「恋愛じゃなくて友情だったらよかったのに」と言われることはあっても「友情じゃなくて恋愛だったらよかったのに」と言われることってあんまりない気がする。どうしてそこに差がつくんだろう、と感じていたので、ゆざきさんのお話を聞いてストンと腹落ちした記憶があります。

――たしかに、なぜか恋愛は不純で友情は純粋、というような空気はありますよね。

 あと、恋愛描写だと受け取られにくい理由の一つとして「何をもって恋愛フラグとみなすか」という部分の差があるんじゃないかと。たとえば、食事に誘われるというイベントが男女間で起きたときには「それはもう恋愛対象としてOKってことじゃん」っていう異性愛規範に基づいた認識をされがちじゃないですか。でも同性からご飯に誘われたりしても「それって恋愛じゃん」という受け取られ方にはなりにくいんですよね。同じ行為でも、恋愛フラグとしての意味合いが異性と同性では全然違うんだなって。

――恥ずかしながら「言われてみれば」と感じてしまうところがあります。

 1巻の最後にあたる9話で野本さんが春日さんに「クリスマスも年越しも一緒に過ごしませんか」って告げるシーンがありますよね。あのシーンは、ゆざきさんも私もめちゃくちゃ恋愛に踏み込んだつもりだったんですよ。ネームもかつてなく難航して、調整に調整を重ねた上での踏み込みだったのですが……。

 読者さんの反応を見ていると、意外とあのイベントを恋愛フラグだと捉えている方は少なくて。「あれ!?」ってなりましたね(笑)。単純にこちらが伝えきれなかったという問題もあるのかもしれませんが、私たちが想定していたよりもずっと、世間の「女性同士の恋愛フラグ」というハードルが高かったのかな、とも思います。

――どうしても、恋愛関係の深さと肉体接触の深さがイコールで捉えられてしまうところはありますよね。

 そうなんですよね。私とゆざきさん両方の意見として、「二人の関係を描くときには、性愛に頼らない恋愛描写をしよう」というのがあるんです。女性同士の恋愛を題材にしたフィクションって、どうしても「性愛の話をしないと読者に恋愛だと認識されない」という問題を抱えているんですよね。それこそ、キスから話を始めないと分かってもらえないとか。あとは、性愛=ポルノというわけではないのですが、描写としてそのように機能させられてしまう現状も否定はできないのかなと思います。

 なので『つくたべ』では、性愛と恋愛はあくまで別のものとして扱おうという姿勢があるのですが、そういう面があるぶん踏み込みが浅く見えるというか、恋愛ではない友達同士の関係としても解釈されやすいのかなと。

――なるほど! 二人の関係にウェットなところがないなとは感じていたのですが、そういう意図があったのですね。

 もちろん性愛を否定しているわけではなく、恋愛は恋愛、性愛は性愛として切り分けたうえで尊重したい。「恋愛」を構成するピラミッドの頂点に性愛を置くのではなく、それぞれ別個の欲求や感情として取り扱いたいということです。

 それに、今後の段階はゆざきさんもまだ迷い中とのことなので「そこは一歩一歩相談しながらやっていきましょう」という話はしていますね。ゆざきさんは本当に誠実にGLをやろうとしていらっしゃって、私はだいたいそれに追随する形なのですが……。ゆざきさんの中で何か疑問や懸念が発生したときには、一緒にそれを解きほぐしていくお手伝いができればいいなと思っています。

――本日はありがとうございました!

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ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)

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