
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
■連載「議会は踊る」
「マイ・フェア・レディ」は、一つの類型となった偉大な作品だ。
粗野な女を、知識のある男が指導し、いつしか男は恋に落ちる……ジュリー・アンドリュースが舞台で主人公のイライザを演じ、映画ではオードリー・ヘプバーンが主演。映画はヒットし、舞台も未だに繰り返し上演されている。
この手の「プロデュースもの」は、洋の東西を問わず人気がある。例えば、ジュリア・ロバーツの主演した「プリティ・ウーマン」は明確に「マイ・フェア・レディ」を意識している作品だ。
何が言いたいかというと、岸田文雄氏が勝利した自民党総裁選のことだ。
まずは、岸田氏に祝意を申し上げたい。すべての候補の中で最も政策を準備し、発信を工夫して、総裁選をインタラクティブに盛り上げたのは岸田氏である。
また、出馬の記者会見では記者の質問を更問も含めて時間いっぱいまで受け付けるなど、安倍晋三・菅義偉というこれまでの二人の総理総裁に比べて、国民に向けて説明する姿勢の違いは明らかである。
問題は岸田氏を「プロデュース」したのは誰か? ということだ。
岸田氏は一年前の選挙でわずか89票しか獲得できなかった。都道府県票に至っては10票である。
その時勝利した菅義偉氏は377票を獲得し、都道府県票でも89票を獲得している。その差は明らかだ。
しかも、その時の89票は、石破氏を二番手にしたくない派閥領袖から票を「回された」ともっぱらの噂である。
更に、今年の参院広島県再選挙では、県連会長として推薦した西田ひでのり候補が、野党系の宮口治子候補に35000票差をつけられて完敗。永田町では「総裁候補としては終わった」の見方もあるほどだった。
もちろん、敗北に腐らずしっかりと準備をして、派内の反対論にも負けずに出馬した岸田氏の覚悟を評価する必要もある。
他方、岸田氏が「プロデュース」がなければ総裁選で勝利しなかったこともまた明らかだ。つまり、岸田氏の権力地盤自体はとても弱い。
その結果は幹部人事にも現れている。甘利明幹事長、松野博一官房長官。閣僚候補の顔ぶれにも新味は感じられず、様々な派閥への配慮を感じざるを得ない。
岸田氏が本当のところ、どのような政策を実現したいのかは、『岸田ビジョン」(講談社)などの著作を読んでもよくわからない。そして、この組閣を見ても、ますます政策の方向性はわからなくなった。
政策の責任者である政調会長に自身と総裁選を戦い、方向性の違いが明らかな高市早苗氏を起用したことからも、「わからなさ」は深まっていく。
岸田氏の目的は、巨大な力を使って総理総裁の座を手に入れることであり、政策実現にはないのではないか?という疑問を拭えない。
映画「マイ・フェア・レディ」は、(一応)ハッピーエンドで終わる。
しかし、バーナード・ショーが書いたもとの戯曲では、主人公のイライザは貧乏貴族のフレディのもとに走り、プロデュースしたヒギンズ教授はひとり取り残される。
バーナード・ショーは、この作品を女性の自立の物語として書いたようである。
岸田文雄氏もぜひ、自身をプロデュースした重鎮の方々の元を去り、自らの信じる政策を実現していくための内閣を実現してほしい。
それこそが「フェア」な結末ではないだろうか。