
Gettyimagesより
毎年9万人近くの女性が罹患する乳がん。割合にすると、9人に1人が乳がんになるといわれている(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より)。
兵庫県に住む渡辺愛さんも、2018年に検査を受けたことがきっかけで、乳がんであることがわかった一人だ。
「告知を受けたときはとても不安だった」と振り返る渡辺さんだが、手術を受け、現在は薬を毎日飲み、年に数回はホルモンをコントロールする注射を受けることで、罹患前に近い日常を送っているという。
渡辺さんの励みとなったのは、乳がん罹患後も工夫をしながら日常生活を過ごしている先輩たちの姿だ。「乳がんになった人の恐怖や絶望感が少しでも和らぎ、前を向いてもらえるにはどんなことができるか」——そんな思いから2020年6月、渡辺さんは乳がん経験者による乳がん経験者のためのコミュニティ「Reborn.R(リボンアール)」を立ち上げた。
「Reborn.R」という名称は、「Reborn(再生)」と「Ribbon(リボン)」が由来で、乳がんを経験した女性たちと、これから乳がんを経験するかもしれない女性をつなぐリボンの意味が込められている。すでにReborn.Rのもとには、約250人の乳がん経験者の声が集まっている。同団体の活動内容や伝えたい思いについて、渡辺さんに聞いた。

渡辺愛(わたなべ・あい)
2018年にステージ2の乳がんと診断を受けた。乳がん罹患後も日常生活を送る女性たちの姿に励まされ、「今後乳がんになる人の恐怖心や絶望感が少しでも和らぐように」という思いで、2020年6月、乳がん経験者による乳がん経験者のためのコミュニティ「Reborn.R」を立ち上げた。
■Reborn.R ホームページ:https://rebornr.com/index.html
■Reborn.R Instagram:https://www.instagram.com/rebornr.ai/
■Reborn.R Facebook:https://www.facebook.com/RebornR-102953984785284
■Reborn.R Twitter:https://twitter.com/rebornr_
温泉や銭湯が社会復帰の一歩に

乙女温泉の様子(Reborn.R提供)
Reborn.Rが掲げるビジョンは「乳がんになる前の自分よりも、『今の自分が一番好き』と心から言える女性を増やしたい」「過去最高の自分に出会う」だ。
そのビジョンを具体化する活動の一つが「乙女温泉」。Reborn.RがInstagramでアンケート調査を行ったところ、手術痕を周囲がどう思うのか気になるといった理由から、半数以上が乳がん経験後に温泉や銭湯に行けなくなっていたという。渡辺さん自身も、PTA活動で地域に顔を知られていたこともあり公衆浴場に行くことに抵抗感を抱いていた。
近所の天然温泉・蓬莱湯(兵庫県尼崎市)の女将と話す機会があった際にその悩みを打ち明けたところ、「定休日の日に貸してあげるから、みんなで練習しにおいで!」と思いがけない提案を受けた。
当初、乳がん患者のみの貸切を考えていたものの、ミーティングを重ねる中で、「男湯」は乳がんの有無関係なく女性が入浴する場に、「女湯」は乳がんをはじめ体に傷があったり、抗がん剤で脱毛しているなど、入浴に苦手意識のある女性のスペースとすることに。
男湯から女湯への移動は禁止とし、女湯から男湯への移動はOKというルールも設定。乳がん経験者の女性が安心して公衆浴場を利用できるだけでなく、「いつかは日本全国のどこのお風呂でも、他の女性と混ざって入浴できる自分になりたい!」その一歩を踏み出すための練習の場とした。
2020年10月から始めた「乙女温泉」は、徐々に賛同者が集まり、今では開催場所を広げている。「乙女温泉の本当の目的は女性たちの社会復帰の一歩です」と渡辺さんは話す。
乳がんに罹患すると、治療や静養で一時的に社会から離脱せざるを得なくなります。私自身、入院時にベッドから窓の外を見て、「自分がいなくても社会は回る」という疎外感を覚えました。復帰後も「無理しなくていいよ」と職場や家庭で配慮してもらえるのはありがたいことではありますが、気を遣われ過ぎると「今までの居場所を奪われた」という感覚にもなるんです。
また、手術や抗がん剤などにより見た目の変化も生じます。「前の自分に戻りたい」と思う人もいますが、戻るのは難しい。温泉や銭湯は裸というコンプレックスが露わになる場であり、そこで社会から新しい自分を受け入れられることにより、自分自身でも変化を受け入れる。乙女温泉を通じて今の自分を好きになり、再び社会とつながるきっかけになればという思いを持っています(渡辺さん)
「乳がん経験者しかできないオシャレがあってもいい」

変身企画の様子(Reborn.R提供)
Reborn.Rに届くアンケートの中には「手術後、女性としての自信をなくした」といった声も少なくない。渡辺さんは「『そんなこと思わなくていいよ』と思っていたものの、どう声をかければいいかわからなかった」という。
そんなあるとき、渡辺さんは高校生や大学生に人気のアパレルブランド「SPINNS(スピンズ)」に勤める知人から異業種交流会に誘われた。そこでSPINNSの事業の一つである、シャッター通りの商店街を盛り上げるイベントを見て閃いた。
「SPINNSのターゲット世代の母親が乳がんになっている。SPINNSの服を母親たちが着て、プロのヘアメイクでオシャレを楽しみながら写真を撮れば、自分に自信を持つきっかけになるのではないか」——今年3月、乳がん経験者の変身企画を京都で開催した。
乳がん経験談のアンケートの回答者にメールを送り、モデルを募ったところ3名が参加。プロのカメラマンも乳がん経験者から見つけた。
一緒に来ていた高校生や大学生の娘さんたちは、最初は「ママがSPINNSを着るなんて……」という反応でしたが、変身後に対面したときには「ママが一番かわいかったよ!」と嬉しそうに声をかけているのが聞こえました。
参加していただいたヘアメイクさんやスタイリストさんからも、ファッションやメイクの力で人が生き生きとする姿を目の当たりにし、「自分がなぜこの仕事をやりたいと思ったのか思い出した」といった声をいただいています。協力していただけるアパレルブランドさんがいらっしゃったら、また実施したいです(渡辺さん)
また、乳がん経験者のための既製品は、デザインが素敵だと思うものもあれば、妥協して使っている製品もあるという。渡辺さんは当事者の声をサービスやアイテムに反映したり、雇用に繋げることにもアイディアを練る。
胸のパッドの色は大体がベージュなのですが、「いつまで医療の続きをしなくてはいけないのだろう」と思うことがあります。例えばですが、胸の開いたドレスを着たときにオシャレな柄や色のパッドが見えたり、乳がん経験者でないとできないようなオシャレがあってもいいと思うんです。
乳がん経験者のために売られている商品でも、利用者の本音を集めれば新たなモノづくりや、信頼できるアドバイザーになれるのではないか。新しいチャレンジも検討しています(渡辺さん)
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