【シリーズ黒人史16】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~黒人社会の未来

文=堂本かおる
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 2005年に米国史上初の黒人大統領が誕生した際、メディアは「ポスト・レイス post-racial」という言葉を盛んに使った。黒人が国の最高位である大統領に選ばれたのだから、アメリカの人種問題は終わったという意味だ。

 現実には、その逆の現象が起きた。オバマ大統領の任期8年間、大統領本人への人種差別は無数に行われた。オバマ夫妻をサルやゴリラに模したコラージュ、テロリストとして描いた雑誌の表紙などが一般人のみならずメディア、政治家によってばら撒かれ続けた。ある共和党の議員は、議会での大統領の演説中に「嘘つき!」と叫んだ。2017年1月に任期が終了した際、大統領の暗殺が起こらなかったことに多くの黒人市民が安堵した。

 黒人を自国のリーダーとすることに我慢できない人種差別主義者たちが怒りを募らせ、それを察知したドナルド・トランプが巧みに利用し、自らが大統領となった。一国のリーダーとしての資質と知識を持たず、傍若無人に振る舞い自国と世界を危機に陥れたトランプを、共和党の上層部たちは自党の勢力拡張のために擁護し続けた。その結果、トランプは2期目の大統領選でジョー・バイデンに敗れたにもかかわらず、不正選挙を訴え、1月6日にはトランプ支持者たちが米国議事堂を襲うクーデター未遂事件を起こした。

 差別とは、優位に立つ側が自身の既得権や優越感が危うくなったと感じる時に一層激しくなるものだ。奴隷制度の終焉、公民権運動、黒人の投票権、黒人大統領の誕生……こうした出来事がマジョリティーの怒りと焦りに火を点け、その度にアメリカは手の付けられない混沌状態となっている。

 同時に黒人市民への警察暴力と社会に組み込まれた構造的人種差別は延々と続いている。オバマ大統領の任期中にトレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に射殺され、BLM(ブラック・ライブス・マター)が生まれた。トランプ任期中にジョージ・フロイドが警官によって殺害され、BLMが全米はおろか世界中に広がった。トレイヴォン殺害犯は無罪となったが、フロイドの首を10分近く押さえ付けて殺した警官は有罪となった。

 だが、アメリカにおける人種問題と闘争はまだ終わっておらず、解決にもほど遠い。

 なお、近年のアメリカの人種問題は黒人と白人の関係性に限らず、ラティーノ、アジア系、ネイティヴ・アメリカンなど他のマイノリティー人種民族グループとの関係性を含み、さらに複雑なものとなっている(下記参照)

【シリーズ黒人史15】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~教育・職業・収入

 アフリカン・アメリカンの世帯所得の中央値は、今も白人世帯の中央値の61%に過ぎない。米国:人種別の世帯所得中央値(2020 米国国勢調査局)・白人…

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【シリーズ黒人史16】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~黒人社会の未来の画像2 ウェジー 2021.09.23

グーグル企業内の人種差別

 黒人は構造的人種差別により今も高等教育を受けにくく、従って高収入も得られないと前回の「【シリーズ黒人史15】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~教育・職業・収入」に書いた。とはいえ、わずかずつではあるが一流大学・大学院に進み、社会の中枢で活躍するケースも増えている。だが、社員の大方が白人で占められる一流企業では黒人への差別も常に起こり続けている。

 先日、SNS経由でメディアに取り上げられた事件がある。カリフォルニア州にあるグーグル本社勤務のプロダクト副部長の黒人男性エンジェル・オヌオハが社内の敷地を自転車で走っていたところ、警備員に通報されたのだった。男性は警備員2人に連行され、IDカードを押収されたという。

 グーグル社はこの件についてすでに謝罪しているが、当人が事件を告げたツイートに、グーグル社で警備員をしている黒人男性アルバート・リチャードソンが自分にも同じことが起こったとコメントを残していた。この警備員が社内のキッチンで昼食をとっていたところ、無線で「キッチンに不審者がいると通報があったので確認せよ」と連絡が入った。警備員は捜索したが誰も見つからず、最終的に「自分で自分を探していた」(通報されたのは自分だった)ことが判明した。

 プロダクト副部長の男性はハーヴァード大学で経済学とコンピューター・サイエンスを修めており、年収は165,000ドル(約1,800万円)と報じられている。しかしながら黒人で男性である以上、学歴・職種・年収に関係なく、こうした差別の対象となり得るのである。グーグルは大企業ゆえに不審者発見の通報先が警察ではなく自社の警備員であり、従って射殺を免れたことが、強いて言えば幸運だった。

奴隷制への補償問題

 本連載の初期に書いたように、アメリカ黒人の多くはかつて奴隷としてアフリカから誘拐、強制連行された人々の子孫だ。彼らの無償労働によってアメリカは巨大な富を蓄え、経済大国となった。だが、黒人たちは奴隷制の終焉後もリンチなど直接的な差別だけでなく、黒人が社会的、経済的に成功できない仕組み=構造的人種差別の中で生きてきた。その結果、現在も黒人の平均所得は白人のそれを大きく下回る。また、黒人は全米人口の13%を占めるが、米国の富の占有率はわずか2.6%に過ぎない。

 この大きな格差を埋める意味もあり、奴隷制に対する補償問題が長年、語られ続けてきた。先の大統領選でも民主党予備選の段階では多くの候補者が口にしたが、選挙戦が進むにつれてなし崩し的に消えていった。ところが昨年のジョージ・フロイド事件によるBLMの隆盛から黒人補償問題が再度、検討課題となっている。とはいえ連邦レベル(全米規模)での補償は具体的にはなっておらず、今年3月にイリノイ州シカゴ郊外にあるエヴァンストン市が全米初の黒人補償プログラムを可決した。

 近年、黒人補償は個人への現金支給ではなく、黒人地区の生活や教育の向上策として検討されている。エヴァンストン市も住宅問題を最重要課題と捉え、黒人居住者の住宅修繕または頭金に一世帯25,000ドルを支給する。資金は寄付とマリファナ販売の消費税で賄う。

 デトロイト市も黒人補償を検討中だ。同市は1950年代の大規模な都市計画の一環として高速道路を建設するにあたり、黒人地区ブラック・ボトムの住人43,000人と、黒人経営の店舗や会社など400軒を立ち退かせた。活気のあった街は消滅し、散り散りになった人々は生活の再建に苦労し、今も当時の営みを取り戻せずにいることが理由だ。

 カリフォルニア州も今年6月、黒人補償の検討委員会を発足させている。9人の政治家、学者、法律家から成り、2年かけて同州に於ける黒人補償の在り方を探る。

 バイデン大統領は国としての黒人補償のリサーチには賛同しているものの、現在のところ積極的な動きは見せていない。全米の黒人人口は約4,500万人。規模と金額の大きさだけでなく、先に書いた黒人大統領に苛烈な反意を持ち、トランプを当選させ、議事堂クーデター未遂を起こし、現在は強固な反ワクチン、反マスクとなっている層からの強い反発が予想されることも理由かもしれない。

【シリーズ黒人史1】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~奴隷制

 昨年、警官による黒人男性ジョージ・フロイド殺害事件によりBlack Lives Matterがこれまで以上に大きく、激しく、広がった。全米で繰り広げられた…

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【シリーズ黒人史16】Black Lives Matterへと続くアメリカ黒人の歴史~黒人社会の未来の画像2 ウェジー 2021.02.11

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