何かに対して恐怖や不安を感じ、落ち込んだり自己嫌悪に苛まれたりした経験がある人は多いはず。しかし、恐怖や不安は決してネガティブなことではなく、こうした感情がないとヒトは生きていけません。“付き合い方”次第で自分の強い味方になってくれるのです。
そのことを、子どもにはもちろん大人にも教えてくれるのが、新井洋行さんが児童精神科医の森野百合子先生を監修者に迎えてつくった絵本、『かいじゅうたちは こうやってピンチをのりきった』(パイ インターナショナル)。
“ちゅうしゃ”や“くらいところ”といった怖いものと向き合うかいじゅうたちが、恐怖や不安を感じた時に生まれる“ゾワゾワちゃん”との付き合い方について、恐怖のかいじゅう“ゾワゾワキング”に教えてもらうというお話です。
ゾワゾワキングいわく、ゾワゾワちゃんはかいじゅうたちを困らせようとしているわけではなく、助けようとしているそうで、かいじゅうたちに<ゾワゾワちゃんを みつけたら、むりに おいだしたりしないで なかよくなればいいんだよ>とアドバイスしています。
今回、著者の新井洋行さんと担当編集の沖本敦子さんに、親子でこの絵本を読むときの楽しみ方や、親が子どもの恐怖や不安に寄り添うためにできることを教えてもらいました。

新井洋行
絵本作家。デザイナー。東京造形大学デザイン科卒業。2人の娘と遊ぶ中でヒントを得て作った、あけて・あけてえほんシリーズ『れいぞうこ』他(偕成社)で人気を博す。同シリーズは、海外でも出版され、国内外の子ども達にも愛されている。絵本の作品に、『れいぞうこ』『といれ』『はこ』(偕成社)、『いろいろ ばあ』(えほんの杜)、『おやすみなさい』(童心社)、『ちゅうちゅうたこかいな』(講談社)、『しろとくろ』(岩崎書店)、『いっせーの ばあ』(KADOKAWA)、『おばけとホットケーキ』(くもん出版)、『つんっ!』(ほるぷ出版)他多数。挿絵の仕事に、「モーキー・ジョー」シリーズ(フレーベル館)、 「パーシー・ジャクソン」シリーズ(ほるぷ出版)などがある。二児の父。性格は、心配性であがり症。
Twitter:@araihiroyuki

沖本敦子
子どもの本の編集者。ブロンズ新社勤務を経て、フリーランスとなる。編集を手がけた絵本に、ミリオンセラーとなった「だるまさん」シリーズ(かがくいひろし)、『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ)、「しごとば」シリーズ(鈴木のりたけ)、『たまごのはなし』(しおたにまみこ 以上全てブロンズ新社)、『ねたふりゆうちゃん』(阿部結 白泉社)、『かいじゅうたちはこうやってピンチをのりきった』(新井洋行/作 森野百合子/監修 パイ・インターナショナル)他多数。麦田あつこの名前で、文章の仕事も手がける。作品に『ねむねむ こうさぎ』『こうさぎ ぽーん』(絵 森山標子ブロンズ新社)などがある。一児の母。性格は、楽観気質だけど、こわがりで怯え族。
Twitter:@AtsukoOkimoto
ーー『かいじゅうたちは こうやってピンチをのりきった』を作った経緯を教えてください。
新井さん:僕は緊張や不安を感じた時に右の肩から腕にかけてゾワゾワする感覚があって、それを“ゾワゾワくん”と呼んでいるんですが、自分なりに工夫や対策をすることでゾワゾワくんが小さくなったり、いつのまにかいなくなっていた……ということも多いんです。こうした経験から、緊張や不安で悩んでいる人たちにそれを減らすための考え方や方法を共有したいと思ったのがきっかけです。
沖本さん:以前から、小さい人たちの不安や恐怖に優しく寄り添う、子どものメンタルヘルスの絵本を作りたいと考えていたのですが、そのようなテーマの場合、作家さん自身にそういう経験や感覚がないとリアリティが出ないなと思っていたんです。新井さんはとてもセンシティブで優しい方で、不安について深く洞察されていると感じたので、新井さんからこの絵本の企画を聞いた時、絶対一緒に作りたい!と思いました。
ーー親子でこの絵本を読む場合、どんなタイミングや方法がおすすめですか?
新井さん:恐怖や不安がテーマになっているので深刻にとらえてしまう方もいるかもしれませんが、僕が伝えたいのは「誰でも恐怖や不安を抱えているし、それを自分でうまくコントロールできれば大丈夫」「恐怖や不安があっても、楽しく生きることはできる」ということ。なので、普段の会話をするような感覚で気軽に読んでほしいです。
沖本さん:後半にいろんな怖さを抱えたかいじゅうたちが出てくるページがあるのですが、これを見ながら親子でどんなものが怖いか共有すると、普段知ることができない子どもの内面を引き出すきっかけになりますし、子どもにとって「大人でも怖いものがあるんだ、怖がることは悪いことじゃないんだ」と知る機会にもなると思います。
小2の息子と一緒にこの絵本を読んだ時、このページに載っているさまざまな怖さの例をふたりで指差しながら、「これ怖い?」「ママは注射がだめ〜」とか、お互いの怖いものについて、自然と会話ができました。息子は、「わらわれるのがこわい」に強く同意していて、「ああ、この子は私の知らないところで、学校生活でいろんな経験をして、そういう感情を抱けるようになるまで、精神面が発達していたんだな」と、感じました。そんな風に、このページをカジュアルな問診票のように使っても楽しいかもしれません。
ーー絵本に出てくるかいじゅうたちのように、子どもは色々なものに恐怖や不安を感じていますが、それに対して親は「なんでそんなことを気にするの!」などと言ってしまいがちです。親が子どもの恐怖や不安に寄り添ってあげるためにはどうしたらいいでしょうか?
新井さん:大人は「子どもの頃は怖いものがたくさんあったけど、大人になっていつのまにか平気になった」「怖いものがあってもなんとかやっていける」という経験をしていますよね。でも、子どもはそうした経験がないし、彼らの世界では怖がりな子や不安になりがちな子が弱いと見なされてしまうことも多い。そんな時に親が、「恐怖や不安を感じる=自分は弱い」ということではなく、ダメなことでもないと教えてあげれば、子どもが一人で悩みを抱えたり、強がって平気なフリをしたりしなくても済むかもしれません。
沖本さん:「親子でも、生まれ持った性質は異なっているものだ」と理解することが必要だと思います。例えば、親は細かいことを気にしないタフな性質である一方、子どもは慎重で繊細な性質だった場合、子どもはそのギャップに苦しんだり、「親に理解してもらえない」と感じるかもしれません。でも性質が違うからこそ、お互い長所と短所を補い合うこともできる。そう考えるようにするだけでも、不毛な衝突が減り、親子関係が変わるのではないでしょうか。
さすがに減ってきてはいると思いますが、「男の子なんだから泣かないの」など、ジェンダーに関連付けた価値観は、未だに根強く残っています。今の大人世代はそういう風に言われて育った人も多いので、社会には「男たるもの、強くなくてはならない」といった昭和の残骸みたいなものがある。そんな中で、男性の絵本作家である新井さんが、恐怖心や不安を受け入れる絵本を作られたことも、ひとつのメッセージだと思います。ジェンダーギャップ解消の過渡期の今、個人がそれぞれの性質を活かし、補い合っていく、新しい世代の子どもたちが育っていってくれると嬉しいです。
新井さん:「強くなりたい」と思うことでなれる人はいいのですが、なれないタイプもいるでしょうし、無理を重ねることで心の病気になってしまう人もいる。一概に「弱いのはダメ」とか、できない人を馬鹿にするとか、そういうネガティブなことはなくしていけたらと思っています。
ーー最後に、子育て中の読者にメッセージをお願いします。
新井さん:僕には中学生と高校生の娘がいるのですが、かつては幼少期のイヤイヤ期や思春期の反抗期に悩んだこともありました。特に反抗期は「こんなに大事に育てたのに、どうして……」とかなり落ち込んでしまって、「子どもが自分のすべて」な勢いで娘たちにのめり込んでいた気がします。
そこから気づいたのは、結局親子といえども僕と娘それぞれの人生があって、娘の人生には親でも介入できない部分があるということ。それこそ、先ほどの沖本さんの話とも通じますが、親子であっても性質が違うこともあったり、別々の人間ということです。
親は子どもに選択肢をたくさん与えて、自分でチョイスしていく姿を応援してあげることしかできないんですよね。育児は答えがない分、悩むことも多いですが、いつか「あの頃は大変だったけど楽しかったな」と思える時が来ると思うので、あまり深刻になりすぎず、子どもとのかけがえのない時間を楽しんでください……と、育児に悩んでいた当時の自分にも言いたいですね(笑)。
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