投票の前には「まだ見ぬアメリカの夢」を観る――選挙と〈アメリカン・ユートピア〉

文=小森真樹
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他/人を観る

「ケーブルもワイヤーもない。ステージのどこにでも行ける。とても解放的だ。この演出について考えていて、気がついた。私たち「人間」が見るのが一番好きなのは、人々だってこと」

 劇中で、劇の演出自体にふれつつ、つまりメタフィクション的にバーンは言う。我々が本質的に大切にするのは「人」だ、という素朴でストレートなメッセージ。メタなアイロニーも風刺も効いてはいるが、それらは究極的には人のためにある。実直にこう宣言している。

 劇中で〈Everybody’s Coming to My House〉について、自分と高校生たちで解釈がこんなに違うと説明するシーンがある。

「自分にとっては、家に来た人々にうんざりして早く帰ってくれないかなっていう曲だった。同じメロディ、同じ歌詞。なのに高校生たちの読みは全然違ったんだ。たくさん人が来てくれて嬉しい、つまり社会包摂(インクルージョン)だったんだよ。ある意味こっちの方がいいよな」

 表面上は同じものでも、しかし、今の彼に見えているのは未来であり「人」である。高校生をとおして彼が見たのは、“まだ見ぬ”「自由」の可能性ではないだろうか。

 しかしなおもバーンらしいのは、その包摂を、理解し合えない「他者」同士の共存や認め合いだとしていること、そして、それをコミカルにオチにしているところだ。「彼らがどうやってそう解釈したのかはわからない。でも悲しきかな、自分は自分だからね」。単に同じ意見の持ち主で塊になるというだけでは、それは「善きこと」だとしても、また別の形の全体主義が生まれるだけだ。「他者」との共存について、「うんざり」なのか「人が多くて楽しい」なのか異なる解釈がぶつかり合う。「人」を見て、異なる解釈同士を認め合うことが、「リベラル/保守」などとグループで対立し合う分断の政治に効く一番の処方箋ということなのかもしれない。

 冒頭の曲〈Here〉がユーモラスに歌うのは、人間の脳がサウンドを「言葉」に変換して意味にすること、つまり「メイクセンス」することの傲慢さだ。ハーバーマスが「近代」のことを、ローティが「アメリカ」のことを「未完のプロジェクト」と名指したように、『アメリカン・ユートピア』という寓話は、まだ見ぬ、しかし見えつつある理念だという宣言から始まっているのだ。それはとても爽快だ。この感覚は、本作のルーツとも言えるトーキング・ヘッズ時代の演劇的コンサート映画『ストップ・メイキング・センス』が描いた「“意味がとおら”なくてもよい」のシニシズムから、『アメリカン・ユートピア』という「まだ見ぬアメリカの夢」という可能性の希求へと、デイヴィッド・バーンが歩みを進めたことから来ているのだろう。「アメリカ」という社会が「人」へと眼差しを向け、再構築を始めたことを感じさせてくれる。それが「ユートピア」なのだとしても。

選挙の前に観るアートミュージカル

 本作を二度観た。一度目は東京都議会議員選挙を週末に控えた日、二度目は衆議院議員選挙の公示日のすぐ後だった。偶然にも二度とも選挙の前だった。渋谷の劇場では、上映前に投票を促すCMが流れた。「毎日は未払いの請求書だ、そして毎日は奇跡だ」――劇中で〈Every Day Is A Miracle〉のサビが流れたとき、都議選のことが頭に浮かんだ。「個人的なことは政治的なこと」で、「海の向こうの話」ではない。これらがつながる小さな奇跡。

 次のテロップで映画は終わる。「ユートピアは「U」の文字、つまり「あなた」から始まる。世界中どこにいても、選挙人登録をしよう。(Utopia Start with U(You): Wherever you are in the world, please register for a vote.)」

 「アイロニー」から「ストレート」へ。デヴィッド・バーンの“転向”は「正しい」と「楽しい」を結びつけてくれて爽快だ。選挙の時期になると、「友達呼んでカクテルでも作って、アメリカンユートピアでも観るか」なんて言いたい気分。選挙や政治参加に感じがちな義務感とかより、政治を「お祭り」にしてくれる一作。

※本文中の訳出はすべて筆者による。
※映画版は、東京都など一部劇場で上映中。セル/レンタルは12月8日開始。演劇版は、BroadwayのSt. James Theatreで2022年3月まで上演中。

参考資料

Eric Kohn, “David Byrne on Voter Suppression and Talking Heads ReunionIndieWire October 1, 2020.

Jem Aswad, “David Byrne Apologizes for Wearing Blackface in 1984 Promo VideoVariety September 1, 2020.

Toyin Owoseje, “David Byrne Apologizes for Donning Blackface in 1984 Video” CNN September 2, 2020.

Daniel Kreps, “David Byrne Can’t Vote But Hopes You WillRolling Stone November 4, 2008.

“Janelle Monáe at Women’s March: “I March Against the Abuse of Power

HeadCount

David Byrne’s American Utopia(※ブロードウェイでの上演情報)

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