生きるため身体を“現代アート”として売った難民、その物語を通じて伝えたかったこととは?/『皮膚を売った男』監督インタビュー

文=此花わか
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© 2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 先日、シュレッダーされたバンクシーの作品が約25億円で競り落とされたニュースが記憶に新しいように、いまや現代アートは富裕層の投資商品である。そんななか、11月12日に公開される映画『皮膚を売った男』は現代アートの価値が一握りのグループに委ねられている現状に警鐘を鳴らす。

 本作は、ベルギー人のコンセプチュアル・アーティスト、ヴィム・デルボアが人間の背中にタトゥーを施した作品「Tim」がもとになっている。デルボアはスイス人のティム・スタイナーの背中に聖母マリアや髑髏のタトゥーを彫り、ティムに料金を支払う代わりに年に数回、ギャラリーでタトゥーの入った背中を見せてじっとしていること、そして死後、タトゥーの入った皮膚を外科的に除去して展示することに同意させた。デルボアの「Tim」は世界中で賛否両論を巻き起こし、2008年には15万ユーロ(約1,990万)でドイツ人のアートコレクターに買い取られた。

 現在進行中のこのアート作品を原作に、チュニジア人のカウテール・ベン・ハニア監督が映画化したこの物語は、主人公をスイス人のティムではなくシリア難民に設定し、背中のタトゥーを聖母マリアや髑髏から「シェンゲン・ビザ」に変更して、人間の商品化、難民問題、現代アートの市場システムに対して問題提起する。ブラックユーモアの物語は主人公と恋人の叶わぬ恋をベースに”ひねり”が加えられたラストを迎えるため、エンタメとしても非常に楽しめる。

 カウテール・ベン・ハニア監督は現代アートをどう捉えるのかーー。なぜ現代アートとシリア難民という、相反する2つの世界を融合したのかーー。ハニア監督に語ってもらった。

皮膚を売った男』あらすじ
シリア難民のサム(ヤマ・マヘイニ)は偶然出会った芸術家ジェフリー(ケーン・デ・ボーウ)からある提案を受ける。それは、大金と自由を手に入れる代わりに背中にタトゥーを施し彼自身がアート作品になることだった。美術館に展示され、世界を自由に行き来できるようになったサムは国境を越え、離れ離れになった恋人(ディア・リアン)に会いに行くのだが、思いもよろない事態が次々と巻き起こり、次第に精神的に追い詰められて行く。世界中から注目されるサムを待ち受ける運命とは……。(プレス資料より引用)

賛否両論を巻き起こした本物の「皮膚を売った男」は1本の木のようだった

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―ルーヴル美術館で初めてヴィム・デルボアの「Tim」を見たときに、監督はどのように感じましたか?

 椅子に座った上半身ハダカのティム・ステイナーの背中にヴィル・デルボアがデザインしたタトゥーが施されているのを見たとき、とてもショックを受けました。同時に、非常に刺激的である種の興奮を覚えたんです。美術館って、ちょっと退屈なときがありますよね。そんななかで、「Tim」はそびえ立つ1本の”木”のようで、ずっと私の心から離れませんでした。そのときは映画にしようとは全く思っていなかったんですが、私の心のなかでその木がどんどん育っていき、「これがアートの力だ」と確信したんです。なぜ、自分はこのアートに引き込まれるのかーー。その「なぜ」を掘り下げていくことは、「自分が世界をどう見ているのかーー」に繋がる。「Tim」のアートの力に気づいたときに私はこの話を映画化しようと思いました。

―映画では、サムの背中を観た観客たちが賛否両論のリアクションをします。それは、監督がルーヴル美術館での体験したことだったのですか?

 私がルーヴルに行ったとき美術館は空っぽでしたが、この映画を撮影したボストン美術館に行ったときは、ヴィル・デルボアが豚にタトゥーを施した作品が展示されていました。そのときに先生と生徒たちのグループが来ていて、先生が「Tim」の作品について生徒に説明していました。すると、「オーマイゴッド!なんてひどい!」と生徒たちは反応していましたね。

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カウテール・ベン・ハニア監督

生まれる”側”が違うだけで人生が決まる世界

―監督が「Tim」をシリア難民の設定にしたのはなぜでしょう?

 この映画は現代アートとシリア難民という2つの対極的な世界を題材にしています。現代アートは”自由”を大切にするエリート主義の世界、難民は”選択のない”世界。難民たちは選択のない世界で少しでも間違った選択をすると、命を落としてしまう。この2つの世界を対比させることで、”自由”について考える映画にしたかったんです。

 サムがアーティストのジェフリーに会ったとき、サムは「恵まれた側の人間か」と言いますよね。地理的・歴史的問題のせいで、現代は”恵まれた人たち”と”呪われた人たち”の2種類の人間が生まれている。平等や人権が世界で謳われているのにも関わらず、生まれる側が違うだけで人生が決まるんです。

 ファウストが悪魔と契約を交わしたように、”呪われた”サムが”恵まれた”ジェフリーと契約を結び、彼はエリートに囲まれた現代アートの世界に入ります。そこで彼はあちこちで売られ、むき出しにされ、振り回されます。恵まれた世界でモノとして扱われて、自由を手に入れたと思ったサムは自分に自由がないことに気付く。そして、彼は自分の自由と尊厳を取り戻そうとします。

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