生きるため身体を“現代アート”として売った難民、その物語を通じて伝えたかったこととは?/『皮膚を売った男』監督インタビュー

文=此花わか
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© 2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

―つまり、サムを通して難民が恵まれた世界に入っても、そこで彼らは自分の自由と尊厳を勝ちとることができるのかーーということに問題提起しているわけですね。監督はチュニジア出身でパリでも映画を学びました。ヨーロッパでの難民の状況を体験し、難民の世界を描こうと思ったのですか?

  はい。近年、フランス、スウェーデン、ドイツには難民が押し寄せ、ヨーロッパの右派たちは「ヨーロッパの市民が難民にとって替わられている」、「ヨーロッパが難民に占領されている」と主張し、ヨーロッパ社会で大きな議論に発展しています。

 2015年頃から多くのシリア難民に会い、彼らの物語を聞いていました。シリアからヨーロッパへの脱出の道のりは壮大。まるでギリシャ古典文学の「オデュッセイア」や聖書のようで、非常にインスパイアされました。一方で、ヨーロッパ社会でシリア難民問題が議論されるとき、ジャーナリストや政治家は、”難民に顔があること”を完全に無視しているんです。彼はひとりひとりの人間であり、それぞれに名前や個性があり、生い立ちも違えば、ヨーロッパに来た道のりも違う。それなのに、彼らが人間としてではなく、政治的な銅像やモノのように扱われています。だから、サムを通して、シリア難民に人間としての顔や物語を与えたかったんです。

―監督は、難民を題材にしながらも、サムのアイデンティティの喪失と再構築という、人間の普遍性も描いていますね。

 シリアにいたときのサムは、自分の衝動や直感で決断する男でした。ディアと結婚したいから、電車のなかで後先考えずにディアに結婚を申し込みました。ロマンチックで衝動的な彼は、ベルギーに移住したディアに会いたいがために、自分の背中を売ります。そうして、自分の人生を戦略的に計画し、自分の市場価値を慎重に計算して成功しようとする人がたくさんいるヨーロッパからサムは計画的に戦略を練ることを学んでいきます。その結果、人々のもつ”恐れ”を利用して彼は自分の自由と尊厳を勝ち取ろうと変わっていく。自分の幻想が壊れたときに、新たなアイデンティティを再構築していくという、人間が変わることについても描きたかったんです。

―映画のラストは観客の受け取り方次第で変わると思いました。

 映画のラストには罠を仕掛けました。サムが放つセリフも本当かどうか分からない。私の遊び心でああいうラストにしたのですが、私たちって自分の人生の行き着く先が分かるものでしょうか? 地理的な場所は分かるかもしれないけれど、心の行き着く先は? 分かる人には分かるかもしれません。そんなラストにしたかったんです。

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現代アートがエリートだけのものになっている

―監督は現代アートの世界をどう捉えていますか?

 アートの市場システムは油断ならないというか……。アートを神聖なもの、アートを心の糧だと思っている人がいる一方、アート市場はエリートに独占されている。アートの運命が市場に委ねられているというのはどうかと思いますね。アートは私たちの視野を広げるものであり、皆のものであるべき。世界で最も苦しんでいる人々に幸せを与えるべきなのに、現実はギャラリー、美術館、美術評論家や投資家などエリートに幸せを与えるものになっています。現代アートは一般人には理解し難いものになってしまいました。現代アートの世界はすごく怪しいものになってしまったと思う。

―現代アートとアートハウス(アート系の映画、ミニシアターで上映される映画)の世界には共通点があると思いますか?

 共通点はあると思います。この映画で現代アートを語るとき、私はアートハウスのことも示唆しています。アートハウスも市場によって動かされていますよね。映画は私にとってのアート、要するに、”私が世界を見る目”なのですが、映画もブロックバスター(ヒットを狙った大作)、アートハウスなどと市場やビジネスによりカテゴライズされています。

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アートにエンタメを盛り込むことの意味とは?

―この映画は社会に問題提起をするアートハウスですが、最後にどんでん返しがあるなど非常にエンタメ性も高いです。

 アートにエンタメを盛り込むことに私は矛盾を感じません。そもそも自分のためだけに映画を作っているわけじゃなく、世界中の人が見て分かってくれる映画、人に優しく皆の手に届きやすい映画を作りたいんです。観客を楽しませ、驚かせ、喜びを与えるストーリーを考えたい。単なる娯楽ではなく、自分の信念や感情を世界の人々と映画を通して共有したいと思っています。

 独りよがりになっていないか、これは観客に喜びを与えるものなのか、観客がどう考えるかーーなどと自己批判しながら、観客である自分と、ストーリーテラーである自分を行ったり来たりしながら私は映画を作っています。自分を客観的に批判するのは難しいですが、物事をよりよくするためには欠かせないプロセスで、面白い。

―”物事をよりよくする”というのはどういう意味ですか?

 政治家のような権力や豊かさは映画監督にはありませんから、映画監督に政治家ができるようなことができるとは思っていません。それよりも、映画や本は、世界を新たな視点で見ることや、異なる世界をつなぐことができるのではないでしょうか? だから私たちは映画や本から「こんな風に考えたことはなかった!」という高揚感を感じるのでは? 世界の政治を変える力というよりは、映画は自分の心のブレーキを外してくれるものだと思いますね。それが映画の魔法ではないでしょうか。

皮膚を売った男
11月12日(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開

配給:クロックワークス

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