日本からの移民が投票しないわけ ~ 市民権取得の壁
アメリカも米国市民権を取得しなければ参政権は得られない。日本語でいう「帰化」は「政府が許可を与え」て成される。そこになんとなく抵抗感があり、いかにも自分の意思で取りました、に聞こえる「市民権の取得」という表現が、わたしはいいなと思ってしまう。もちろんアメリカの市民権だって決定権は政府にあり、こちらは許可を乞い、取得「させていただく」のだけれど、言葉のニュアンス次第で自分に主権があると感じることができるのだ。
それはさておき、世界中からアメリカにやってくる移民は、その多くが永住権(グリーンカード)を経て、市民権を取る。祖国に経済的・政治的な不安要素が大きいほど米国市民権が欲しい。永住権だと国籍が祖国のまま、つまり外国人なので、有事の際にどう扱われるかわからないという不安がある。
けれど日本からの移民の多くは市民権を取らない。政治的にも経済的にも「日本に戻ったら命が危ない」わけではない。人によっては「日本に残してきた親が年老いたら、世話のために帰国しなければならないかも」「自分自身が歳をとってアメリカの食事が無理になったら日本に戻るかも」など、日本の国籍をキープしておきたい理由がある。それもこれも日本が二重国籍を認めないからだ。「いや、大丈夫ですよ」と抜け道を示唆する人もいるけれど、国籍はやはり軽く扱えるものでなく、皆、慎重になる。
わたし自身は渡米当初から「アメリカは単なるビザ所持で安心できる国ではないよね」と思っていた。第二次世界大戦中に日系人は強制収容所に入れられたし、9.11同時多発テロ事件の後にイスラム圏、アラブ圏の出身者が移民局にどう扱われたかも見てしまった。アメリカは両手を広げて移民を迎え入れると同時に、いったん危険分子と看做せば掌を返す国でもあるのだ。
移民が国務長官になれる国
アメリカで永住権を取れば、日常生活はほぼアメリカ人と同じになる。よほどの資産でもない限り、市民権を持っていないからといって困ることはない。これも日本からの移民が市民権を取らない理由のひとつだ。
ただし、投票できない。
いや、なんなら立候補もできない。当たり前だけど。
アメリカは移民であっても市民権を取れば、大統領と副大統領以外ならほぼ何にでもなれる。過去から現在に至るまで、移民だった名物国務長官、各省の長官(日本で言えば大臣)、国会議員がいる。今も下院にはインド生まれのプラミラ・ジャヤパル議員、ソマリア難民だったイルハン・オマル議員がいて、共に気を吐いている(どちらも女性!)。まさに移民国家の面目躍如。
日本生まれのメイジー・ヒロノ上院議員は、ハワイ生まれの日系アメリカ人である母親が親の郷里、福島に戻った際に生まれているので二重国籍者だった。なので8歳の時に母親と共に、少なくとも滞在資格の心配はなく、ハワイに戻れている。ただし、母親が甲斐性なしの夫に見切りを付けてのことだったので、経済的には非常な苦労をしたらしい。
その少女メイジーが、今や米国初の日本生まれの上院議員であり、弁も立つことからCNNにもよく出演している。わたしはヒロノ議員を画面で見かけるたびに、なんとなく嬉しくなってしまう。二重国籍、万歳。
夫婦2人で投票
わたしが市民権を取るまで、アメリカ人の夫は選挙のたびに「今回、僕たちは誰に入れる?」と聞いてくれた。投票するのはもちろん夫だが、わたしの意見も聞き、「2人で投票した」と言ってくれた。参政権は無いながら、わたしもアメリカの構成員だと思えて嬉しかった。
息子が我が家にやってきてからは、投票所に息子も連れて行くようにした。オバマ大統領の2期目の選挙には息子の友だちも連れて行った。投票は平日に学校で行われることから選挙の日は学校が休みになるものの大人は仕事があり、うちで預かったのだ。
ここからはハーレムならではの、おおらかなエピソードだと思う。皆、オバマ大統領の再選は確実だと信じていて、投票所の係員の女性も上機嫌だった。大人2人と当時8歳の男の子2人で投票用紙を記入する台に向かうと、係員の女性が満面の笑顔で「ほら! ここで写真撮っていいから!」と言った。「え? それは法律違反では?」と思いながらも、こんなチャンスは後にも先にももう無いだろうと思い、iPhoneを出してチャチャっと撮影してしまった。今となってはいい思い出だ。
「移民 → 米国市民」の投票パワー
「日常生活に支障がないなら別に投票できなくても困らないし、わざわざ市民権を取る必要もないよね」と考える移民は、日本人以外にもいる。「ま、取るにしても今でなくてもいいし」と悠長に構えている人もいる。
それが一変したのが、トランプが大統領だった4年間だ。移民をどんどん制限するトランプに、「これは市民権を取っておかないとヤバいかも」とグリーンカード保持者たちが焦り、市民権を取得した。
こうして市民権を取った世界中からの移民たちは、去年の大統領選では当然、バイデンに投票したはず。トランプは移民を締め付け過ぎて、その移民転じて米国市民となった人たちからの反意の票で落選したとも言えるのでは。
あれから1年が経った夜に、そんなことを考えた。なんと言っても、わたしもその内の1人なのだから。
(堂本かおる)
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