搾取、孤独、ハラスメント…フリーランスという「都合の良い」働き方。ライター業の場合

文=ヒオカ
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仕事をしても支払われない

 正規で応募しても相手にされないので、リファラル採用(知り合いの紹介で選考を受けるやり方)に切り替え、最初のうちは知り合いからイベントレポートや、事業のPRの仕事をもらったこともあったが、1本3,000円、5本で10,000円(それぞれ1本3000字程度)など、お小遣い程度の金額で、仕事というにはあまりに安かった。しかし当時は実績のない私を雇ってくれるところなどなく、「なんでもいいからとにかく実績が欲しい」という一心だった。

 その後も知り合いから1記事5,000円で仕事を請け負い納品するも、原稿料が払われないということがあった。知り合いの若手ライターにも、原稿料の未払いを経験したという人は何人かいる。請求すると連絡が取れなくなった人もいた。明確に契約書を交わすこともなく、納品してから請求書を送って振り込まれるのがこの業界では通例のシステムで、信頼関係の上に成り立っているぶん危うさも感じる。

 仕事を探す過程で、仲のいい友人から、ある人を紹介された。SNSで名前を見る程度で、よく知らない人物だったが、その人はすでにライターをしており、仕事をたくさん持っているから何かしら割り振れる、と言われ、会うことになった。

 そこでグループチャットに入ったのだが、そこには駆け出しのライター、またはライター志望が集まっているようだった。しかし、募集がかかるのは文字起こしなどの雑務ばかりで、やりとりはオンラインの簡素なもののみ。メンバーは多く、とてもフィードバックやアドバイスがもらえる環境ではなかった。そこにいても下積みになるのかすら疑問に思えた。しかし、みな従順で、言い方は悪いが私の眼には媚びていたように映った。いったいその人のどこに惹かれるのかわからなかったが、その人といればいずれ書かせてもらえる、志す仕事につながる、という淡い期待があったのではないかと推察する。

副業として仕事をする限界

 いま振り返ると、その人はとても狭いコミュニティ内では有名で、絶対的な権力のようなものがあったように思う。一方で先輩の記者や出版社を経たベテランライターはその人の名前すら誰も知らなかった。コミュニティをいったん出ると知名度も影響力もまったくない人が、特定の界隈で異様なほど持ち上げられており力を持っている、という光景は、ほかでも何度か目にしたことがある。

 そのコミュニティの話を他のベテランライターにすると、仕事の受注を1人に依存する危険性、将来性のなさを疑問視された。結局私は1回だけ雑用の仕事を請け負った。しかしお金が振り込まれず、催促してやっと支払われた。ここにいても仕事につながらない、直観的にそう感じ、去った。

 結果として、気になる分野のメディアがライターを募集しており、トライアルで書いたところ採用され、ライターになることができた。そのメディアにはいまも寄稿をつづけている。その後、コツコツ書きつづけていたnoteのひとつがバズり、多くの著名人がシェアしてくれ、読者が急激に増えた。それをきっかけにイベント登壇や執筆の仕事も舞い込み、現在の仕事にもつながっている。

 ライターになったはいいものの、フルタイムで出社する傍ら副業でライターをする生活で、体力的な限界を毎日感じている。休日はもちろん、帰宅後の夜中の時間も執筆に割いている。有給休暇は取材やミーティングで消えていく。体力が底を尽きて、取材やミーティングがない休日は執筆をするか、死んだように布団の上に横たわっている。丸1日休めるのは月に1日程度だ。友人からの遊びの誘いは、もう半年ほど断りつづけている。

原稿料の安さ

 日に日に、ライター1本に集中したい、専業になりたいという気持ちは強まっていく。

 専業になれば、営業や執筆に時間がさける。それは頭ではわかっている。しかし、フリーランスになって収入が安定するかわからず、加えて、日本ではフリーランスが生きづらい制度であることは嫌というほど耳に入ってくる。部屋を探すとき審査が通りにくかったり、出産手当金対象外、社会保険がない、不等な価格で雇われやすい、トラブルの際ひとりで問題を背負わないといけない、有給休暇がとれない……など、課題は山積みで、フリーランスには人権がない、という声もよく聞こえてくる。最近でもワクチンの職域接種が対象外のため打てないといった声も聞かれた。

 なにより、原稿料の安さが一番の懸念点だ。現在はさすがに1本3,000円や、5本で10,000円というのではないにしろ、いまの原稿料の相場だと、月に何本書けば生活できるだけの収入になるのだろう、という不安が大きい。そして、正直なところ原稿料の相場がわからず、これが正当な価格なのか新人が見極めるのは非常に難しい。さらに立場の弱さもあり、金額交渉は容易ではない。

これはやりがい搾取なのか

 フリーライターは搾取されやすい、つまり安く買いたたかれやすいという話は本当に頻繁に聞く。

 特に、ジャーナリズム色の強いノンフィクションは、時間と労力が必要で、アポ取りから取材、撮影、文字起こし、執筆、取材対象への内容の確認など、作業工程は多い。私の場合は、時に論文を読み込んだり、厚生労働省や弁護士、医師など専門機関に問い合わせたりなどもする。金額だけ見るとわりに合わないのが実状だ。

 1記事にどれだけ時間がかかろうが、原稿料が上がるわけではない。本業の傍らかなりの労力をかけた取材記事も、交通費は自腹、原稿料も1~2万円、またはそれを大きく下回る場合もあり、月に書き上げた原稿料の総額を計算しては、気が遠くなるというか、なんとも言えない気持ちになるのは事実である(もちろんそれよりかなり高い原稿料の媒体もある)。

 それでもつづけられるのは、いや、つづけられてしまうのは、やはり書くことが好きで、取材した方や、記事を読んでくれた人の反応に、この上ない喜びを感じるからだと思う。しかしこの状況を、まさにやりがい搾取と言われれば、きっとそうなのだと思う。

 金額交渉するのも強さであり、世渡りの仕方という人もいる。しかし、たった1年ほどのキャリアの私と、寄稿先はどう見ても対等ではない。個人として安いのではなく、業界全体の相場が低いのだから、この構造を個人が変えるのは容易ではないだろう。

ステップアップできない構造

  周囲やSNSを見ても、文筆家、エッセイストを目指す“ワナビー”は非常に多いように思う。

 しかし、多くの人が目指す、記名記事を書く取材ライター、エッセイ・コラムニストに「こうすればなれる」、という明確なマニュアルはない。文筆家を目指しているのにクラウドソーシングで文字起こしやレビュー記事ばかり書いたり、結婚式のスピーチのゴーストライターなど目指す方向の足掛かりになるとは到底思えないような仕事を低価格でつづけたりしている人も、よく目にする。また、無償で投稿させるサイトもあり、いつか文筆家になれるのではないか、という思いを利用して搾取する構造ができているようにも思う。

 ライター・編集講座も多くあるが、明らかに金儲けが目的の怪しい個人主催のものも紛れているし、果たしてキャリアにつながるのか疑問な部分もある。実際本も出版している先輩ライターで講座を利用した人はおらず、「必要ない」と口をそろえる(もちろん実践的で良心的な価格のきちんとした講座も存在する)。

 ライターになりたい人は常にあふれていて飽和状態なのに、媒体は常に“書ける”ライターを募集している、という現象が起きているのだが、媒体の編集者と話すと、「こちらは取材がしっかりできている人を求めているのに、いきなりエッセイやコラムなど、”自分”を語りたい人が多く、ミスマッチが続いている」と聞いたことがある。加えて、やる気はあっても育ててくれる人や場所との出会いがなく、媒体が求めるスキルを身につける場が開かれていないことも、大きな要因ではないだろうか。

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