搾取、孤独、ハラスメント…フリーランスという「都合の良い」働き方。ライター業の場合

文=ヒオカ
【この記事のキーワード】

新人の孤独

 元ニュース媒体の副編集長と出会って、業界の流れやニーズ、企画のポイントを教えてもらえたことは、相当大きな力になった。トラブルが起きたときの対処法や、誹謗中傷との距離の取り方などを教えてくれる先輩の存在も心強かった。媒体の特色や営業の仕方などを教えてくれる人もいる。

 最近になって、やっと育ててくれる編集者と出会った。企画を出したら丁寧に向き合い、多角的にアドバイスしてくれる。また、取材のノウハウ、専門家へのコメントの依頼の仕方、データの見つけ方、ファクトチェックのポイントだけでなく、なぜその作業が必要かも明確に教えてくれる。記事を出したら終わり、ではなく、かならずミーティングをしてくれ、数字に対する分析やフィードバックもくれる。いままで体当たりで取材・執筆していた孤独感が薄らぎ、どこを磨けばいいのかも明確になるようになった。

 育ててくれるプロと出会えるかどうか。これは大きなポイントであるように思う。

 しかし、一線で活躍するプロとの出会いや、親身になってくれる編集者との出会いは、ライターになって、記事が話題になったことで生まれたものが多い。そこに至るまでは孤独だし、業界のイロハもわからず、搾取されたり、キャリアにまったくつながらない仕事をつづけさせられてしまう体制がある。

ハラスメントが生まれやすい理由

 私がライターを仕事として始めたころはもうすでにコロナ禍だった。本来、対面で挨拶や打ち合わせをするそうだが、度重なる緊急事態宣言の影響で、一度も会わずに編集者とやり取りする日々が続いた。もちろん、オンラインでミーティングをすることもあったが、一度も顔を合わせず、テキストのみのやり取りで納品、公開、振り込みまで完結することもある。相手の人柄もわからないまま仕事をするのは、やりにくくなかったといえば嘘になる。ライターと編集者は原稿の内容について意見を交わすため、コミュニケーションは不可欠なのだが、顔が見えないなかテキストのみで指摘を受けるのはもどかしさが募った。

 私のように会社に一度も所属せずライターになった場合、仕事の探し方もやり方も誰にも教えてもらえず、とにかくすべてイチから手探りだ。

 実績がないときもnoteの記事やツイートを見て依頼がきたこともあるが、あとはほぼ全部応募したり営業したりして得たものだ。フリーライターにとって営業は必須だが、そこでハラスメントが生まれやすくなっているのも問題だ。

 仕事を紹介するという名目でふたりきりで食事に誘われたり、その後ホテルに誘われた、という友人もいる。仕事上でセクハラに遭うライターもいて、編集者からのセクハラを避けるために書き手のエージェントに所属する人も後を絶たないのだという。

 ハラスメントはパワーバランスが歪な場で起こりやすい。発注側とライターでは、明らかに、相当な立場の差がある。仕事を人質にされれば、断るのも容易ではない。仮に断って同業者や関係者に悪い噂を流されたらどうしよう、という心配も付きまとう。仕事の発注が人に依存するようになった弊害と言えるのかもしれない。

「個人」の問題ではない

 ライターという職種は、業界は違えど声優や俳優と同じで、なりたい人は星の数ほどいるが、席の数は決まっている。選ばなければ仕事がないわけではないが、大きな仕事ができて認められるのはほんの一握り。知名度や人気がある人に仕事が集中して、そうでない人にはほとんど来ないのもよく似ている。

 代わりはいくらでいる世界で、仕事をもらいたい。そんな思いにつけ込まれ、不等な条件を飲まざるを得ないライターが少なくないことは容易に想像が付く。

 ライターに限らず、これからも広がっていくであろうフリーランスという働き方。非正規労働者に向けられる眼差しと同様、「自分で選んだのだから自己責任」という声も後を絶たないが、これは明らかに社会問題であり、働き方として認められているかぎり、不利益は改善されるべきだ。

 みんな通る道だ、こういうものだ、と降りかかる理不尽を無意識のうちに受容している自分がいる。しかしフリーランスを取り巻く問題は、決して個人の努力でどうにかなるようなものではないと強く感じている。

1 2 3

「搾取、孤独、ハラスメント…フリーランスという「都合の良い」働き方。ライター業の場合」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。