「再調査するお考えは?」「その考えはない」という森友問題の本質を隠す詭弁問答

文=山崎雅弘
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Getty Imagesより

●山崎雅弘の詭弁ハンター(第12回)

 2021年9月7日、自民党総裁選へ出馬する意向を示していた岸田文雄政調会長(現総裁)は、「森友問題について再調査する考えはあるか?」という記者団の質問に対し「再調査等は考えていない」と明言しました。「既に行政において調査が行われ、報告書も出されている。司法において今、裁判が行われている」というのが、その理由でした。

 現在は日本国総理大臣でもある岸田氏ですが、実はこのわずか5日前の9月2日には、全然違うことを述べていました。この日出演したテレビ番組(BS-TBS『報道1930』)で、彼は「調査が十分かどうかは国民側が判断する話。国民は足りないと言っている」「さらなる説明をしなければいけない。国民が納得するまで説明を続ける」と話し、国民が納得していないのであれば再調査もありうるという含みを持たせた説明をしていました。

 たった5日で言うことが反転した理由については、この2日の岸田発言に、疑惑の当事者である安倍晋三元首相が激しく反発し、総裁選での支援の対象を岸田氏から高市早苗前総務相に鞍替えしたため、それに慌てたからだという解釈が広まっています。

 強い力を持つ権力者に睨まれれば、自分の政治的信念を、いとも簡単に曲げてしまう人が今の日本政府トップというのは、いろいろな意味で国民にとって不安となる要素です。しかし今回は、そんな岸田氏個人の政治家としての弱腰や頼りなさではなく、ここでやりとりされた「再調査するお考えは?」「その考えはない」という一見ありきたりな記者とのやりとりが、実は国民の認識を特定の方向に誘導する詭弁であることを解説します。

首相や閣僚の「考え」に委ねていいこと、そうでないこと

 2020年7月17日から19日にかけて、共同通信社は全国電話世論調査を行いましたが、森友学園問題の公文書改ざんを命じられて自殺した近畿財務局職員・赤木俊夫さんの遺族による訴訟を受け、「政府は再調査する必要がある」との回答が82・7%に上りました。

 この世論調査で興味深いのは、自民党を批判している野党の支持者(立憲民主、共産両党の支持層は共に100%が「再調査は必要」と回答)だけでなく、自民党支持者の71・7%、公明党支持者の85・5%も「政府は再調査する必要がある」と答えていた事実です。「再調査の必要はない」と回答したのは、自民党支持者が21・4%、公明党支持者が12・2%、維新支持者が14・7%、無党派層が9・3%でした。

 この調査結果を踏まえれば、岸田氏が9月2日に述べた「調査が十分かどうかは国民側が判断する話。国民は足りないと言っている」という言葉は、正しい現実認識であったと言えます。自民党の支持者ですら、安倍政権下で行われた「調査」は不十分ではないと判断しているのですから、再調査することは自民党支持者の要望にも応える行動です。

 けれども、もし再調査を行えば、財務省が近畿財務局に行わせた公文書改ざんという前代未聞の不正疑惑において、当時の首相と財務大臣だった安倍晋三氏と麻生太郎氏の責任が問われる新事実が、次々と出てくる可能性があります。

 2018年3月13日付朝日新聞朝刊が1面〜4面を中心に大きく取り上げたように、この公文書改ざんで削除されたのは、森友学園の小学校新設問題に深く関わった安倍氏の妻の昭恵氏(名誉校長にも就任して公式サイトで宣伝文句を披露)や自民党の政治家、そして安倍氏と繋がりの深い政治運動団体「日本会議」などの名前でした。こうした全体像が、さらに詳細に調査されれば、安倍氏と自民党に大きなダメージとなるのは確実です。

 また、森友学園問題が「財務省による組織ぐるみの公文書改ざん」であった事実を考えれば、当時の財務大臣である麻生氏の責任は免れず、欧米など民主主義が一定レベルで保たれている国であれば、財務相の辞任あるいは更迭は避けられないはずでしょう。

 しかし、安倍氏と麻生氏は閣僚を退いたとはいえ、今も自民党の中で大きな影響力を持つ「重鎮」であり、有形無形の「力」を使って、再調査の道を封じています。実際、岸田内閣の鈴木俊一財務相は、10月5日に行った就任後初の記者会見で、森友学園問題の再調査について「考えていない」と否定し、松野博一官房長官も10月7日の記者会見で「再調査する考えはあるか?」と問われて「再調査は考えていない」と答えました。

 これらのやりとりを見て、あれ、おかしいな、と思われませんか?

 森友学園問題とは、国有地の払い下げ案件に現職総理大臣の妻が深く関与し、その存在によって国側(財務省とその傘下組織)の土地価格の評価などの判断が歪められたのではないか、という疑惑です。そこに不正が無かったことを、あらゆる公的記録の開示と事実関係の解明によって証明するのは、政府が国民に対して負う「義務」です。

 言い換えれば、当事者(あるいは疑惑の対象という意味での容疑者)とその仲間に「調査する『考え』があるか無いか」という判断を委ねてもいい問題ではありません。

 ところが、政治報道の記者たちは、もうそれが当たり前になったかのように、調査するか否かは、疑惑の当事者集団である「自民党の政治家」の「考え」次第であるかのような質問の仕方をしています。「安倍政権以降の歴代内閣は、疑惑の発覚以来、森友学園問題について真相を解明する『義務』を果たしていない。いつそれを果たすのか?」という、権力監視者として本来行うべき問いかけを、今の政治記者は放棄しているようです。

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