「村上春樹」という存在
ハン:前回の『イカゲーム』のときに西森さんが言ってたけど、例えば韓国だとうだつの上がらない男はあんまり描かれてこなかった。だからこそ、村上春樹は韓国で受けたと言えるかもしれない。韓国人は村上春樹大好きなんですよね。でも、いま日本でグローバルを意識して原作に村上春樹を使うって……、やっぱり新しくないような気がするんですが。濱口監督だって、なぜ2021年に村上春樹なのか。グローバルな展開には村上春樹っていう通過儀礼が必要だった……? まあ成功したわけですが。
西森:はい。韓国の人は、村上春樹を新たな価値観の象徴のように見ていましたね。それは、イ・チャンドン監督も言ってました。『ドライブ・マイ・カー』を成功例に、また村上春樹原作の映画が作られるかもしれないですね。別にこれはいいこととも悪いこととも思ってないですけど、監督が原作を批評をしながら最終的には、映画監督のものとして作品を作るというのならいいのかなって。
ハン:批評性はあってなんぼというか当然のことですが、村上春樹をどう描くか合戦になるのか? ちょっといやだな(苦笑)。あと、串刺しにして比較できるという意味で批評の材料としては面白いかもしれないけど。
西森:もちろん濱口監督だって、オリジナルはこれまでにも作っているし、新作の『偶然と想像』も、もうすぐ公開ですし、短編集なんですけど、脚本の小気味良さったらなかったですよ。『ドライブ・マイ・カー』は、さっきも言ったように、監督自身が企画したのではなくて、プロデューサーからの提案ですし。日本って、原作じゃないとドラマや映画の企画が通りにくいので、内容とは別の要素で惹きつけるところがないと撮影のためのお金が集まらないっていうのはあるのかもしれないですね。今回、海外でも評価されたし、監督はオリジナルがどんどん作るようになるだろうし、一方で、「ほれ、やっぱり村上春樹は世界で強いんだ」っていうことになってしまってるかもしれません。
ハン:今回は、大ヒットしたり評価されている作品だからちょっとくらい文句言ってもいいだろうって企画なので文句ばっかり言ってますが(笑)、それにしても絶賛ばかりで私みたいなツッコミがあまりないのはなんでなんだろう? みんな村上春樹が原作だしってわかってるから? それともやっぱり村上春樹が好きなのか?
西森:私も、ハンさんのツッコミが怒涛のように出てるので、擁護ばっかりになっていますが(笑)。原作を読んでるからこそ、あの原作の中の三篇を読んでひとつの批評性のある作品にしたなということは私の中では大きいです。
ハン:そっか、やっぱり昔の角川映画みたいに、「読んでから見るか、見てから読むか」なんですね、村上春樹原作映画は(笑)。と、反省しつつも、原作から独立して映画は映画だし、くどいけど私は前後はいらないなって思ってて。
西森:前半はやっぱり村上春樹を残しておきたかったっていうのがあるんだと思います。
ハン:でも逆に言うと、それだけレジデンスと劇場を往復するドライブのシーンが饒舌で豊かだったということだと思うんですよ、私にとって。ものすごくエモーショナル、至福。ここは全力でほめています!(笑) あと、芝居の稽古の、とくに本読みのところとか好きです。こうやって言葉にしてみると、この作品については理屈じゃなくて身体的な受け止め方をしたのかも。でも、そのように受容できるある意味映画らしい映画だからこそ他がすべて蛇足に感じられてしまった。とはいえ、実際には前後がないと成立しないかもしれない。
西森:ずっと本読みをしていて、やっと野外で立ち稽古をするシーンが、私も一番好きでしたね。そして、ハンさんがいらないっていうシーンがあるからこそ広く見られるってこともあるんでしょうね。
ハン:はい。たぶんそれはそうなんですよ。それは実は私自身もそうかもしれない。ということで、今回の対談全般を通して言えることですけど、言うのは簡単ですからね(笑)。
西森:そうですね(笑)。
ハン:言うのは簡単といえば、私にそれができているかどうかはさておき、実は簡単ではないということも教えてくれるというか、wezzyでも連載されている北村紗衣さんの『批評の教室―チョウのように読み、ハチのように書く―』(ちくま新書)、とても面白かったし、勉強になりました。
といっても、批評のハードルを上げるのではなく「作品を他の人と楽しくシェアする方法」としての批評を指南してくれる本です。そう考えると、私たちの「おしゃべり」もそういう作業ではあるのかなぁ、と改めて思ったりして。ということで、この対談を読んでくれている読者のみなさんにおすすめしたいなと。とはいえ、なんというか、楽しいおしゃべりの先の奥深い世界も垣間見せてくれる本でもあります。
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