
イラスト=Stuart Ayre
ひとりがわそろこ絵本相談室、第3回目でございます。ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが回答として1冊の絵本を処方する、世界最狭の相談室です。
インターネットの大海原に、こんな珍妙な自己完結型相談室が、ひとつくらいたゆたっていても、まあ、よいのではないでしょうか。さ、では早速今月のお悩みにまいります。
相談
「3歳の子どものイヤイヤ期が激しすぎ、心がすでに100回くらい折れました。アンガーマネージメントの本を読んだ直後に、子どものあまりの悪行に速攻で怒鳴りつけてしまい、自己嫌悪。わたし、どうしたらいいですか?」(31歳のそろこ)
処方
『おこりんぼママ』(ユッタ・バウター 作 小森香折 訳 小学館)

『おこりんぼママ』(小学館)
ママがあんまり どなるもんだから…
31歳のそろこ、毎日育児おつかれさま。
そして、わたしにお悩み相談してくれて、どうもありがとう!
一人っ子育ちで、けんかや争い事を極端に嫌う魚座のあなたにとって、理不尽な言動を繰り出してくる子どもに振り回され、死闘を繰り広げるのは、さぞかししんどいことでしょう。申し込んでもいないのに「忍耐力強化キャンプ」に強制参加させられているような気分よね。わたし、あなたの気持ち、よーく、わかります。おつかれ、そろこ。
そんなあなたに、今回処方する1冊は、『おこりんぼママ』(ユッタ・バウアー 作 小森香折 訳 小学館)です。
作者のユッタ・バウアーさんは、1955年ドイツ生まれ、ハンブルグ在住の絵本作家。『色の女王』や『いつもだれかが…』(上田真而子 訳 徳間書店)などの名作を生み、絵本界のノーベル賞と言われる国際アンデルセン賞(最近では、角野栄子さんが受賞されました)を、2010年に受賞。ドイツを代表する絵本作家のひとりです。
そんなバウアーさんご自身の育児体験から生まれた絵本が、最高にユーモラスで愛おしい『おこりんぼママ』。本作でドイツ児童図書賞絵本部門賞も受賞しています。

ペンギンママ、冒頭からいきなり怒鳴る
おはなしの冒頭から、いきなりキレるペンギンママ。
あんまり怒鳴られるもんだから、息子のちびペンギンの「ぼく」は、バラバラになって、とんでいってしまいます。あたまは、うちゅうに。おなかは、うみをどんぶらこ。くちばしは山のてっぺん、おしりは知らない町のなかに。
そんな具合にバラバラになって、世界中に散らばった「ぼく」を、ママはガッツで探し出し…。ラストは読んでのおたのしみですが、とにかく最高。毎回くくくと笑ってしまいます。ユーモラスな絵に、短い文章。『おこりんぼママ』の潔いシンプルさと、愛情あふれるユーモアは、あなたを落ち着かせてくれるはず。
世界中の親たちも、みんな結構やらかしている
この本がまず安心させてくるのは、「ママが、めっちゃ怒鳴ってる」という点。特にドイツなんて、声を荒げず、論理的に子どもを諭す理想の育児を、いかにもやっていそうなのに。
「怒らない育児」「いい子が育つフレーズ100」「自己肯定感UPメソッド」…。わたしたちは常に正しすぎる情報に囲まれて、やや疲弊気味。子どもの自己肯定感を褒めて伸ばしたいと願いつつも、子の理不尽な言動に衝動を抑えきれず、大声で怒鳴ってしまい、「わたしは、何てダメ親なんだ…」とうなだれたことがあるのは、31歳のそろこだけじゃなく、世界中の親たちが、みーんな経験していること。
穏やか育児は、そりゃあできたらいいけれど、子どもは個性も十人十色で、親のわたしたちも、多分死ぬまで不完全。100%アンガー封印なんて、むしろ不自然なことなのです。だから、未熟なそろこが、耐えきれずにキレてしまっても、過度な罪悪感を抱きすぎず、「あーあ、やっちまったぜ」と、とりあえずアイスでも食べて、クールダウンするのがよいでしょう。
ちなみに以前、アンガーマネージメント協会の人と話した時、アンガーマネージメントは、「怒ってはいけない」のではなく「自分と相手が苦しまないよう、正しく怒る」ということで、怒りという感情自体は、大切なものなのだと教えてもらいました。

怒鳴られた、ぼくのあたまはうちゅうへ
はげしく怒鳴ってしまったあとは…
耐えきれずに大声を出してしまったあとに、どうするか?
そのチャーミングな回答が、『おこりんぼママ』の最後に出てきます。親も子どもも、これができれば、大丈夫。きらーくに、まいりましょう。
一方で、わたしはアストリッド・リンドグレーンの『暴力は絶対だめ!』派ですから、理不尽に蹴りつけてきたり、叩いてきたりする未熟な子どもに、はらわたが煮えくり返り、親のそろこが、暴力でやり返しそうになったら、その場を離れ、ふとんの上でぐるぐる高速回転することをおすすめします。
やがて、31歳のそろこと、あなたのやんちゃな息子が「やきいもごろごろ」と命名することになるこの遊びは、高速で回転すればするほどバカバカしく、色々なことがどうでもよくなります。お天気のように気分が変わる子どもたちは、愉快なことが大好きですから、怒鳴られたことも秒で忘れ、一緒になって高速回転しているうちに仲直り、なーんて奇跡も(たまには)起こります。

バラバラになった子どもを縫い合わせて元通りにするという、ざっくり感もナイス
最後に、ユッター・バウアーさんのもうひとつの作品『いつもだれかが…』のことを。

絶対に読んだ方がいいすてきな本
クリスマスに読むのにぴったりの1冊です。どうしてそうなのかは、実際に読んで、静かに感じ取ってみて下さい。
育児で毎日忙しいと思うけれど、この1冊だけは、ワンクリック注文ではなく、できれば、自分が好きな書店に出向き、自分の手で本棚から取り、自分のために買ってほしい。
自分用にプレゼント包装してもらうのもすてきね。本を包む書店員さんの華麗な指さばきを眺めるのが、昔からそろこは好きだったでしょう? そんな時間も含めて、イライラで極限の日々を送るあなたには、労わりギフトが必要です。この日ばかりは気の赴くまま、ひとりで好きなものを好きなだけ、何も考えずにがんがんお買いなさい。ひとりでビールを飲む等も、絶大な効果あり。
そして、イヤイヤ期の3歳がすこんと寝た夜に、ひとり静かにこの本を読んでみて。『いつもだれかは…』は、やがてそろこの本棚にずっと残り、あなたを内側から支え続ける、大切な1冊になるでしょう。
ではでは31歳のそろこ、ちょっと気が早いけど、メリークリスマス&よいお年を!

そろこのクリスマスが、穏やかなものでありますように。
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre